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2009-12-21

2009/11/30 (月) 通院記録1 リピトール服用開始となる

 新規の患者さんが2件も入ったせいか、大幅に診察が遅れた。遠くから一族(?)揃っての受診と、もうひと組。どちらも病名が判明していて、紹介状を貰ってやって来た患者らしいのが、中待合(診察室前の待合の事)での家族の会話から知る事が出来た。途中、診察室から何やら所用で出て来られたKB先生が、中待合にいる私を見て「すみません、もう少し遅れます」と申し訳なさそうに言われたので、「大丈夫です」と小走りに去る先生の背に向かって返答する。

 自分の時も病名が分かってから受診迄時間も余り無かったので、知らない事ばかり……、訊きたい事は尽きなかったが、何を訊けばいいのかも分からない状態でもあったのを思い出した。もし急性(acute)なら、一刻の猶予も無く治療を開始しなければならない病気であるので、飛び入りの患者さんの為に待つ事は苦にならない。きっと自分の時も、こんな感じで誰かの診察を待たせてしまったのだろうと思うと、申し訳無さと感謝の気持ちが湧いてくる。

 さて、この1ヶ月間の体調は、ほぼ毎日起こる症状としては、のど・頸・背(骨)・腰・指の痛み、時に肘の痛み、右指先の痺れ(時々右手グー痛)、手足の攣りやこむら返り(twist、leg cramp)、痰(sputum)、ムカムカする、肛門の渋る感じ、だるい・しんどい。不眠(sleeplessness)傾向と頭痛(headache)も頻度が高い。その他、常に感じる症状ではないが、見え難い、脇汗が急にどっと出る、胃痛(gastralgia)・舌の痛み・目に星が飛ぶ、嚥下違和感等が時々起った。また11/18頃よりしばしばめまい(vertigo;dizziness;giddiness)の様なふらふらする感じ、時々胸苦しく感じる時があり、心配になって血圧(blood pressure)を測ると、下が90以上で脈拍(pulse)も高い事が多かった。ステロイド(steroid)のプレドニン(Predonine)服用開始からコレステロール値(cholesterol)が上昇し続けているので、ちょっと不安を感じている。

 予約時刻の2時間後、診察開始となる。コレステロール値がまた上昇していて、とうとう治療の必要ありとなる。既に色んな薬を服用しているので、これ以上薬の種類を増やしたくないと先生は考えて下さっているのだが、上げ止まる様子が無いので仕方が無い。治療薬はリピトール(Lipitor)という5mgの錠剤で、一日一回夕食後に服用する薬との説明を受ける。ただ、この薬の副作用(side effect)が出ないかをみる為にも、次回は2~3週間後に診察をと言われる。出来れば4週間後を希望すると伝えると、「じゃあ、診察は4週間後として、お薬は今から2週間後から飲み始めると言うのではどうでしょうか?」と先生。自分がかつてステロイド薬開始に関して、こんな申し出をしたのをすっかり忘れていた。それでお願いする事にし、服用は12月15日頃からという事を確認する。

 薬がまた1種類増えた事で、マグミット錠(Magmitt)は食間(hora intermediis)に服用がいいかもと言われる。また、現在の経過(体調等)をみて、プレドニンの減薬を開始は今回も見送る事となったが(現在処方されている薬は1錠5mg を朝晩2回、計10mg/日)、減量するなら、半錠の2.5mgから始めるかと思っていたら、先生は「減量は1mg単位となるでしょう」と言われる。今服用しているプレドニンはとても小さな錠剤である。まだプレドニンの治療開始をためらっていて、プレドニン治療経験者である知人に訊いた時は、2.5mg単位で減量したという話を聞いていたので、半錠単位で減量を始めるかと思っていたのだが、それより小さな、即ち1mg単位のプレドニンがあるらしい。

 薬と言えば、9時と21時に服用するネオーラル(Neoral、各25mg)を、11/19夜と11/22夜の2回、飲み忘れてしまったと報告すると、「何か体調に異変はありませんでしたか?」と心配そうに先生が訊かれる。飲み忘れた翌日等に特に何か症状(symptoms)が出た記憶は無いと伝えたが、現在の体調を維持してくれている基本の薬なので、気を付けなれければ。。。

 ところで、悪玉コレステロールと言われるLDLを血液検査に何故入れないのかと訊いてみる。先生は、LDLは総コレステロール(T-cho)と善玉コレステロール(HDL)値の引き算で出るので必要ない、と言われる。そう言われても、検査して貰うと具体的に自分の値とその基準値が分かるので、有り難いのだが、先生がLDL値を気にされておられない様なので、それで良しとしようか。。。
※ ちなみに、帰ってから調べたが、LDLを求める計算式は以下の通りである(TGは中性脂肪)。
 ◎ [ LDL ] = [ T-cho ] - [ HDL ] - [ TG÷5 ]

 その他の血液検査結果は、GOT、GPTは今回も正常値であったので、肝機能(liver function)に問題無しとの判断。γ-GTPが前回よりも更に高くなっている事に関しては、自分としては、もしかすると、アルコール飲酒に関して先生から何か訊かれるかと思っていたのだが、先生はウルソ錠(Urso)をやめた影響かもと言われる。ウルソにはコレステロールを下げる力は無いと、以前先生から教えて貰ったが、γ-GTPに関しては何か影響がある薬らしい。好中球(Neutrophil)は今回も79%と非常に高いのだが、ステロイドで好中球数が増加する為だと説明される。

 また、なんとなくめまいが起こる様な気がする点に関しては、頭に行く血管が細くなっているからだろうと言われる。ここしばらく血圧が不安定な事を伝えてみたが、診察前に待合で計った値は115-78(脈75)と問題無かったせいなのか、多分関係無いだろうと言われる。心配なら一度頭のCTスキャン (CT-scan;コンピュータ断層撮影)をしてみた方がいいだろう(但し、当病院で予約するなら2~3ヶ月後になるだろう)とまた言われる。今回も予約する事はしなかったが、そのうち受けてみた方がいいかもしれないと思っている。

【血液検査の結果】2009/11/30:
WBC(白血球数) 9.5(高)、HGB(ヘモグロビン) 14.0、PLT(血小板数) 208、
Neutrophil(好中球) 79%(高) [46-62%]、Lymphocyte(リンパ球) 13%(低) [30-40%]、Monocyte(単球) 8% [4-7%]、Eosinophil(好酸球) 0(低)% [3-5%]、Basophil(好塩基球) 0% [0-1%]、
GOT(AST) 23、GPT(ALT) 19、γ-GTP 56(高)、LDH 230、AMY 130(高)、T-cho 374(高) [140-220mg/dl]、HDL-cho 111(高)[50-87mg/dl]、TG 135 [34-173mg/dl]、

2009-10-12

2009/10/12 (月・祝) 線香花火

 今日は、亡き母の誕生日。ベランダで、一緒にやろうと言っていた線香花火をして偲ぶ。

 線香花火は、思いもかけない可憐な形をして瞬き光輝くので、とても好きだ。最近はこよりみたいな形の線香花火しか見かけなくなったが、ある年、神社の屋台で、昔ながらの麦わらを使った線香花火を見つけ、飛びつく様にして幾つか買い込み、家まで持ち帰った事がある。そして母と一緒に楽しんだ。

 その時の残りが引越の荷物から出てきて、去年も夏の終わりにベランダで独り静かに楽しんだ。やはり麦わらを芯にした線香花火は、自分で光り方を操作出来たりするので面白い。

 そんな事を思い出しながら、ふと、線香花火の光の妙を組み写真にして載せてみようと思い立ち、途中からデジカメで撮影しながらの線香花火を続行。何をやっているんだか。。。だけど、なぜかとても満足いくひと時を過ごせた。

 昨年撮ったビデオ画像もUpしておく。線香花火の醍醐味は、消えた、完全に終わったと思っても、また光輝き出す事がある所だと思う。幼い頃、如何に線香花火を長持ちさせるかで競い合った日を思い出す。

2009-05-10

2009/05/10 (日) パンデミック

 パンデミック(pandemic)とは日本語で『感染爆発』と訳す。意味は『感染症が世界的に大流行』する事だそうだ。今、巷(ちまた)に豚インフルエンザがこの世界的大流行寸前に迄来ている様だが、パンデミックは、インフルエンザ(influenza)に限らず、どんな感染症(infection)でも、世界的に大流行すれば全てパンデミックという事になる。

 さて、この豚インフルエンザ、日本人にも初の感染者が出たとニュースで繰り返されている。それ以前からも、疑わしい人は詳しい検査で豚インフルエンザでないと確定する迄、隔離(isolation)するという、水際対策が採られている。これら日々のニュースを聞いていて、豚インフルエンザでなかった人はそれで良いのだが、「何何型インフルエンザであった」という報道を聞くと、それ以外の通常のインフルエンザに罹っている人がこんな季節でも意外と多い事に内心驚いている(おまけに、季節性インフルエンザが原因の死亡者数も多い時で年間1万人もいるという)。未だ感染に注意しなければならない自分としては、季節に惑わされる事なく、常に注意しておいた方が無難だと思ってしまう。その一方で、簡易検査で急遽隔離された人達の気分は心身ともに大変だろうなと推察する。

 かつて自分が入院していた時、一度だけMRSA(methicillin-resistant Staphylococcus aureus:メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)検査に引っ掛かってしまった事がある。MRSAは院内感染(hospital infection)で非常に有名な菌であったが、先生の説明によると「陽性(positive)なので保菌者(carrier)ではあるが、発症はしていない状態」との事だった。しかし、陽性と判明した次の瞬間から、院内でセミ隔離扱いを受ける事となった。

 体温計は入院患者一人に付き一つ専用にあったので問題はなかったが、日に3回ある血圧測定では、いつの間にか私専用の測定器が部屋の片隅に置かれていた。私が偶然触れてしまった器具(共用の物品)等に関しても、ナースは私に気付かれない様にササっと消毒綿で拭いたりするのも何度も見かけた。配膳後の食器の引き取りも別に取り扱っている気配であった。ナースも私の担当医も、私の部屋に入る前後の手等の消毒は、それまでちゃちゃっと済ませていた人も丁寧に慎重に行なう様になった。他にも色々あったのだが、その時はトイレ付の個室だったので、ナース達も私への対応が比較的楽だったのではないだろうかと、個人的には考えている。

 MRSA院内感染で死者のニュースも良く聞いていたので、病院側が院内感染予防に最大限の注意を払っている事は頭では分かっていたつもりだが、発症していなかったせいか、『何かの間違い(検査の間違い)ではないのだろうか?』『ここまでしなくても……』と、なんだか自分自身が“ばい菌扱い”されている様で、いい気はしなかった。
※その時の記録参照:『2006-07-21 (金) Aコース(3回目) 17日目 MRSA陽性?』

 化学療法(chemotherapy)の長期入院で、感染予防をずっと教育されて、こまめな手洗い・うがい、なんでも消毒、消毒(disinfection)といった環境(患者だけでなく、患者に接する人にも徹底する様な環境だった)に慣れてきていた自分でさえ、このセミ隔離状態に戸惑ってしまったのに、今回の豚インフルエンザの流行で、健常者がいきなり完全隔離状態となったニュースを聞くと、なんだか自分が緊急入院を余儀なくされ、いっぺんにそれまでの生活(習慣)が激変してしまったあの時の様な、そんな衝撃を受けているのではないだろうかと、考えてしまう。
※これは最近秘かに話題になっている肺結核(pulmonary tuberculosis)と判明した人も、ある意味、似た状況にいるかもしれない。

  豚インフルエンザでなかった人も、陽性だった人も、結核の人も、早く回復して、元気に通常の生活に戻られる事を祈ります。

2009-04-02

2009年03月30日(月) 通院記録2 前回(3/09)の蛋白分画の結果等

 さて、今回も、前回(3/9)行なわれた蛋白分画(2回目)の結果について訊いてみた。

 前回(3/9)の蛋白分画(protein demarcation)の結果も、初回(2/16)とほぼ同じで、殆んど値は動いていなかったが、前回、自分の知識不足で質問しきれなかった内容等を色々訊いてみたのだ。
※2/16の蛋白分画結果のグラフとその詳細については『2009年03月09日(月) 通院記録 2/16の蛋白分画の結果について』を参照されたし。

 最初に、3/9の結果のグラフを印刷して貰ったが、ノッチ(写真グラフ内の黒三角印▼の所)の位置は、微妙に前回とずれている。早速その点について訊いてみると、先生も「そうですね~、(検査)機械が打ち出しているのだから、微妙に違うのかもしれませんが……」と。
※前回名前を忘れてしまっていた黒の三角印▼の所の事をノッチ(notch)と呼ぶそうだ。グラフでは一見なだらかな曲線に見えるのだが、この部分に角がある(曲線になっていない)のだという。このノッチのある所でモノクローナル的に多くの蛋白が作られている事を示すのだそうだ。
※という事は、私が訊きたかった質問のうちの一つ、検出されたM蛋白とはモノクローナル(monoclonal)なのかポリクローナル(polyclonal)なのかという点については(結局先生から直接訊くのを忘れてしまったが)、自分の場合、モノクローナルという事なのだと解釈してみた。だからどうなのだと言われると困るが、今後これが問題となる時に詳しく調べ様と思っているので、覚書のつもりで書いている。

 また、今回(3/9)の備考欄にも2/16に続き『β γ-グロブリン位にバンドが認められます』と書いてある点については、先生もどう理解したらよいか分からないそうだ。つまり、先生も、「βとγの両方にあるのだったらノッチ(▼マーク)が2か所あっても良さそうだが、グラフではγの位置(※)にしかノッチ(▼)が付いていないので、どういう事なのか?」と思ってられるそうだ。
※グラフでは⑤と書いてある山の部分がγの位置に相当する。同様に、①がアルブミン(albumin)、②がα1、③がα2、④がβに相当する山である。
※今日ネットで、M蛋白は「β~γ域の狭いバンド(M成分)として認められる」という一文を見つけた。また他のページでも「α2~γ分画付近にM蛋白と思われるシャープなバンドが観察され」る時は、免疫電気泳動法・免疫固定法等でM蛋白かどうかを同定する必要がある、という文も見つけた。これらの文章から、『M蛋白はα2~β~γ域でバンドとして見分ける事が出来る(確定するには免疫泳動法等の検査が必要)』と解釈出来そうだ。それならば、自分の検査結果にあるコメントは、『β~γ域にM蛋白と思われるバンドが観察される』という事なのかもしれない。

 私の分画結果について、先生も微妙と見ておられるのかどうかは知らないが、「気にしないでいい」という旨の事を言われつつ「ただ、今後もこの蛋白の検査は続け、しっかり様子をみていきましょう」という方針。この病院では、蛋白分画検査も、フェリチン(ferritin)の検査等と同様に、ひと月に行なわれる回数に制限がある様で、月に1回らしい。今日は3月に入って2回目の通院なので、この検査は入れていないが、来月の検査項目には追加されておられた。今後、月に一回はこの検査とのお付き合いが続く事になりそうだ。

 それにしても、白血病治療後、再発(recidivation)以外に違う血液の病気、例えば骨髄腫(myeloma)等に罹る事があるのだろうか? まあ、今こんな事を考えても仕方がないが、『何でもありだ』、という姿勢は続けておこうと思う。これは、今後再発以外の病気になる可能性もあるという、自分独自の心構えなのだが、ある意味、自己防衛手段だ。実際、骨髄移植(bone marrow transplantation;BMT)を受ける前処置の放射線(radiation)治療で、白内障(cataract)・骨粗鬆症(osteoporosis)の他、二次的発癌(cancer)等、色々リスク(risk)があると言われている。白血病(leukemia)だけでも十分なのに、これ以上違う病名を万が一にでも急に言われたら、精神的打撃が大きいと思う為、『何でもあり』と考え、疑問に思った点等を詳しく調べて、自分なりの安心を得ている所がある。

 本題に戻るが、検出されたM蛋白は、Ig-G由来かIg-AかIg-Mかを訊いてみると、その検査はまた別の検査(確か免疫電気泳動法immunoelectrophoresisと言っておられたと思う)で行っていないので、分からないとの事だった。

 軽い頭痛(頭の何処とはなく全体に軽く痛い感じ)が続いているとの私の話に対しては「一度CTスキャン(CT-scan;コンピュータ断層撮影)を受けてみた方がいいかも」と言われる。耳鼻咽喉科でめまい(vertigo;dizziness)の検査を受けた時に勧められたのと同じ検査だ(※『2009年02月16日(月) 通院記録 耳鼻咽喉科 めまいの検査について』参照。この時も断っている)。それで、KB先生にも、自分にはきっと隠れ脳梗塞(cerebral infarction)があると思うから、あんまり自分の脳を見たくないなぁ、等と軽く話してみると、先生は「脳腫瘍(brain tumor)の可能性もありますから」とさらりと言われる。『えぇ~?!』と、新しく出てきた言葉に内心またもビックリ(顔には出さないけどね)。素人の思い込みが危険と言われるのは、こういう事かも、と少し反省。

 先生は早速予約表をチェックして下さったが、6月迄満杯で、7月なら空いていた。但し、直前にキャンセルがあったのか、今週ならば、ぽつぽつと少しだけ空欄があった。だが、自分の本心としては、社会復帰へ向けてのリハビリ(rehabilitation)を開始したばかりで、自分の予想に反して、かなり体にこたえているのに、検査の為にまた予定外の通院をしなければならないのは、ちょっと辛い。。。私がすぐの検査をためらって、7月頃なら検査を受けてみてもいいと答えてみると、脳腫瘍を疑っての予約を3ヶ月も先にするのはちょっと変(つまり、出来るだけ早く受診すべきものらしい)、という事で、予約は取らず、これ(頭痛)も、しばらく様子を見る事となる。

 今迄先生に訊かなかった事の一つに、血液検査でリンパ球数の割合(基準値は30-40%)が、好中球数(Neutrophil)(基準値は46-62%)よりも多い傾向がずっと続いている件があった。ここしばらくはおとなしく下がり続けてきてくれ、久々に基準値内になっていた(39%)。先生はこれも気にされておられた様だが、私が「白血球数が基準値の範囲でも少ない方だから、絶対数で考えるとそれほど深刻に考えなくてもいいのでしょうかね?」と訊いてみた。ちなみに自分の場合、白血球数はだいたい4.0前後の事が多い。

 先生は、最近私のIg-G (免疫グロブリンG:immunoglobulin G)が増えた事の原因に、「リンパ球がIg (イムノグロブリン:immunoglobulin)を作っているので、それに連動してIg-Gが増えたのかもしない」と考えておられたらしいが、リンパ球の割合が下がってきて安心しているのだそうだ。そして、私が言ったリンパ球の絶対数の話しに関しては、確かにそういう点では大丈夫そうと考えてもいいかもしれないと答えられた。だが、Ig-G上昇がきっかけでこの蛋白分画検査を入れる事になり、今後も定期的に続けて様子を見る事になったのだから、、先生の私に対する説明(「気にしないで行こう」等)から受ける印象よりは、先生は実は慎重に経過を見ようとされておられるのかもしれない。
※リンパ球(lymphocyte)は白血球(WBC;white blood cell)の分類の一つなので、例えばリンパ球が50%だったとしたら、白血球のうち半分がリンパ球である、と考える。
※白血球数が3.0である人と9.0である人を例にとると、両者は共に基準値(2.8-9.0 [10の9乗/L])内である。この二人のリンパ球の割合が同じ50%だった場合を考えると、実際のリンパ球の数は違ってくる。計算すると、次の様になる。
・白血球数が3.0の人ならば、リンパ球の個数は3.0×0.50=1.5 [10の9乗/L]、
・白血球数が9.0の人ならば、リンパ球の個数は9.0×0.50=4.5 [10の9乗/L]となる。
つまり、個数に直してみると、同じ50%と言っても、実際体内にあるリンパ球数が随分と違ってくるのだ。当然、白血球数全体の数も違うのだが。。。
※自分の場合、白血球数が4.0前後である事を考えると、リンパ球の割合が高いと言っても、絶対数は非常に多いという訳ではないという考えで、そんなに深刻に考えなくてもいいのだろうかと訊いてみたのだ。これは確か、かなり以前に先生がその様な話をされていたからだ。

 更に、「現段階では、私の場合、M蛋白が出たのは、ベースに白血病罹病があるからと考えておいてもいいですかね?」と訊くと、先生は「それよりも、骨髄移植でM蛋白が出る事があるから……」と話された。この話は2/16の記事にも書いておいたが、先生の口からも同じ事を聞いた所を見ると、骨髄移植を受けた人にはままある事らしい。

 ところで、先生、私が入院して丸3年経った、と口にされる。「先週の金曜日で丸3年です。。。あの時はここで泣いてました。。。」と私。。。自分が白血病らしいと分かり、とにかく多発性脳梗塞で体の弱ってきている母をいきなり驚かさない為にはどう伝えたらいいかを悩み(ショックでまた小さい梗塞を起こすのではないかと心配していた)、長期入院が予測される為、今やっておける事を出来るだけ短時間に済ませ、病気の事を調べられるだけ調べた。そして、3年前の3月27日、応援に来て貰った長姉と共に病院へ向かっても尚、取り敢えず輸血と1週間位の検査入院後、本入院迄に少し時間がある筈だから、その間に済ませておける事柄は何か、等と気が張り詰めていた所へ、緊急入院、即治療開始で長期入院になると訊かされ、思っていたよりも病状が厳しいと知り、初めて涙が堪え切れずに後から後へと溢れ出たのを思い出す。

 不意に聞こえてきた「GVHD(移植片対宿主病;graft-versus-host disease)が出ているのでまだ再発をしていないのでしょうね」という先生の言葉に、そういう考え方もするんだ、と妙な感慨が浮かんだ。

2009-03-27

2009年03月27日(金) 入院後丸3年

 今日で、あの緊急入院から丸3年となった。

 あの当時、少し歩くだけでもすぐに脈拍が100以上になり、いよいよ“おかしい”という思いから『これは異常だ』と感じ始めた頃だった。折しも、丁度、記念すべき第一回ワールド・ベースボール・クラシックが開催されていて、連日の熱戦を、普段余り野球を見ない自分もつい魅せられて、母と共にTVの前で応援していた。

 熱戦は二転三転した後、日本が劇的な初代優勝を飾り、世界一になった映像を見終わってから、初めて母に、最近の自分の体調異常を打ち明けた。その後の事は【生亜紫路2006】という方のブログに書いている(未だ完成していないが)。

 ところで、ワールド・ベースボール・クラシックは英語でWorld Baseball Classic、略してWBCと書く。WBCと言えば、私の病気にはおなじみの血液検査項目の中にもあり、白血球(white blood cell;WBC)数の事をWBCと表記する。このWBCの数が少なくなると感染(infection)し易くなる事から、病室からも余り出ない様にと先生から注意されていたのだが、長期入院していると、見舞いに来た人から「WBCって何?」と聞かれる事がよくあった。そんな時は一言一言をゆっくりと
「W・B・C、これはね、ワールド・ベースボール・クラシック…、の略ですよ☆」
と答える事にしていた。神妙な面持ちで私の説明を聞いていて、皆、途中で、「ええ~~!!」と反応するのが面白かった。もちろん「というのは冗談で……」と、本来の意味を教えたのは言うまでもないが、これでその場が一気に和むのが良かった。

 自分は幸いな事に、今も無事に過ごせています。ありがとうございます。病気と闘っている人も、どうぞ、穏やかにいい時が流れます様に☆

  お母さん、安心しておられますか? 感染症にも罹らずに、今日を迎える事が出来ました。今年もWBCが開催され、また日本が世界一になりましたよ。また一緒に観たかったですね。。。

2009-02-24

2009年02月16日(月) 通院記録 耳鼻咽喉科 めまいの検査について

 めまい専門のTU先生の診察を受ける前に、聴力検査(audiometry)というものがあった。

 検査は別室で行われた。検査室の奥には防音設備の整った小部屋があり、そこにはベッドと机と椅子があり、机上にはヘッドホンとコードにつながった押しボタン等が置いてあり、小部屋自体の天井灯は消してあるのか、薄暗かった。但し、小部屋内の机側の壁が一部ガラスになっている為、それを挟んで向かい側に検査員の机等があるのが見える様になっており、検査員側の部屋の光(通常の明るさ)がさし込むので、真っ暗という訳ではなく、閉塞感も無かった。

 その小部屋の机の前に座る様に指示され、ヘッドホンを付けられた。検査方法は、先ずヘッドホンから『プップップッ』といった感じの音を流すので、聞こえている間は押しボタンを押し続け、聞こえなくなったらボタンを押さない、というのを繰り返しますという説明を受けた。検査員はその小部屋から出てドアを閉めたので、ただでさえ静かな検査室だったのが、更に静かに感じられ、ヘッドホンを付けられた自分の耳から自身の脈がドクンドクンと聞こえる程であった。

 検査は右耳から始められたが、プップップッという音が次第に小さくなっていき、『な~んだ、簡単な検査やな…』と気を抜いていたらすぐに今度は同じ音が次第に大きく聞こえだし、慌ててボタンを押し直し、音が途切れるまで押し続けた。『そうか、先ずは大きな音から小さくしていき、その後は小さい音から大きくしていくんだな』と分かったので、次は小さい音から大きくなる時に、聞き逃さない様にと緊張すると、ヘッドホンをされた耳の、ドクンドクンという自身の脈の音が気になり出し、またまた焦ってしまった。良く分からないうちに検査は進んでいったが、一つの音が終わると、音色が変わってまた同じ検査が始まる(だんだん低い音になっていった)。合計7種類繰り返された後、今度は左耳で同様の検査が行われた。
※7種類の音というのは正確に書くのなら、周波数の違いの様で、あとで貰った検査結果表を見ると、125、250、500、1,000、2,000、4,000、8,000 Hz[ヘルツ]の7種類が書いてあった。こちらは左右の耳の鼓膜からの聴力検査で、気導聴力(air-conduction audiometry)というらしく、鼓膜からの聞こえ方を検査している。

 それが終わると、一旦検査員さんが入ってきて、「大丈夫でしたか」と声掛けられ、あともう少しだけ検査しますと言って、ヘッドホンをしたままの状態で、額の真ん中にも検出装置らしきを小さな丸いものを付け加えられ、またドアを閉めて外へ出て行かれた。今度は神経の検査なのだという。検査自体は先ほどと同様で、「ぷっぷっぷ」という音が聞こえている間はボタンを押し続けるというもので、5種類ほどで終わった。
※こちらは250、500、1,000、2,000、4,000Hzの5種類で、骨導聴力(bone conduction audiometry)という類の検査らしく、頭骨の振動によって聞こえる音の検査。気導聴力と違い鼓膜等は関係していない聴力だという。
※気導聴力のみに異常がある場合は、感音難聴(sensorineural hearing loss)、気導・骨導の両方の聴力に異常がある場合は伝音難聴(conduction hearing loss)というらしい。後者の場合は、内耳の他、中枢神経系にも問題がある可能性がある。


 ちなみに、周波数[Hz]の数字が小さいほど聞こえてくる音程は低音、大きいほど高音である。自分の検査の時は、聞こえてきた音から察するに、高音から順に低音域へと検査が移っていったのだと思う。

 引き続き、TU先生の診察室へ行った。一通りの問診(inquiry)が終わると、先ほどの検査結果の表(写真)を見ながら、更に問診が続き、どんな感じのめまいだったのかや、一度きりでもう起こっていないのか等を訊かれた(どんなめまいだったかは1つ前のブログ『2009年02月16日(月) めまいについて』参照)。そして検査結果(写真)を指し示しながら説明等を始められた。

 その結果のグラフの見方は、○印が右耳の聴力、×印が左耳の聴力、□印が骨導聴力。縦軸が聴力レベル[dB]で、-20 から +130の目盛りが降順に、横軸は検査した周波数[Hz]で、125~8,000が昇順に並んでいる。聴力レベルの基準値は全周波数において0dBになっている。つまり0のライン横一直線が基準ライン、グラフがその線より下になるにつれ、基準値よりは聞こえが悪いという結果になるそうだ。
※いくつかネットでグラフを見たが、概して、骨導聴力の方が気導聴力より良い様だ。
※その他、詳しくは本文末【聴力について】参照。

 先生は、私の主訴(chief complaint)や検査結果から病名を考えておられる様だったが、良く分からないみたいで、「メニエール病なら、もっと右上がりのグラフになるのですが…」と言われる。つまり低周波数になる(125Hzに近い)ほど聴力レベル(デシベル[dB])の数字が大きくなり、高周波数(8,000Hz)に近付くにつれ、聴力レベルの数字も小さくなるという事だ。メニエール病(Meniere disease、Meniere syndrome)というのは以前手に入れた『めまいについて』のパンフレットの中にあって、名前だけは知ってはいたが、聴力検査でグラフが右上がりになるという特徴があるらしい。自分のグラフを見るとやや右上がりかな、という程度。しかし、どこまでが許容範囲(正常範囲)なのかが分からない。それに基準値と言われた0dBラインよりグラフが下なので、どれ位で難聴と言われるレベルなのかを訊いてみると、50dBより大きな数字なのだといわれ、少し安心した。

 先生は更に、脳血管性だと片側の耳に異常が出たりするのだが、それもはっきりと現われているという訳ではない、と言われ、めまいがあって、この様な検査結果の人の場合には念の為に脳のCTスキャン検査を勧めているとの事。それはつまりCT(computed tomography:コンピュータ断層撮影)で脳梗塞(cerebral infarction)の有無を調べるという事なのかと訊くと、そうなのだという。私の両親は2人とも脳梗塞を起こしているという事と、自分は検査した事が無いが隠れ脳梗塞があると思うので、診断が深刻という訳ではないのなら敢えて検査を受けたくないなあ、という気持ちがある事を先生に話した。先生はカルテにそれらを書き込みながら、一応、予約出来る日を調べて下さったが、2月は殆んど満杯で、3月には全く予約が取れない状態であった。あの変なめまいは、頻繁に起こるという訳でなく、検査結果も明らかに異常という訳でもなく、一方で私自身が3月から少し忙しくなる可能性がある為、再度そのめまいが起こる様だったら、その時改めてCT検査も考えてみる、というのでいいかと訊いてみたところ、それでいいでしょうという事になった。


~~~~~~~~~~~~~~~~
 さて、ここで聴力について調べた事をまとめておこうと思う。

☆~~~★~~【聴力について】~~★~~~☆
 先にも書いたが、基準値は0という。昔から耳は良い方だと思っていたので、基準値ライン(0dB)より下にある検査結果のグラフを見せられた時、内心ショックであった。「自分は耳が普通より悪いのですか」と訊いてみたが、そうではなく普通の範囲だと言われたが、どうもこのグラフの見方が良く分からない。貰ったグラフでの聴力レベルは-20~130[dB]まで数字が書いてあり、0が基準と言われてもピンとこない。『本当は、人より聞こえが悪いのだろうか? それとも老化…?!! それなら私の年齢での平均はどれ位?』疑問ばかり浮かび、どうも納得がいかなかったので、帰った後ネットで色々と調べてみたが、検索の仕方が悪いのか、どうも私が知りたい情報がなかなか得られなかった。やっと幾つか見つけた情報をまとめてみると、次の様になる。

 基準値が0dB(デシベル:decibel)というのは、健聴者が聞こえる最小の可聴値であり、15~19歳の検査結果が基準になっているみたいだ。ここに出てくるデシベル[dB]という単位は、《ある基準値を決めて、それに対する比率を表す時に使われる単位の事》なのだそうだ。その為、0dBと表示されてはいるが、実際は音が出ている状態で、非常によく聞こえる人では-10dBとか-20dB という、ごく小さな微かな音も聞こえるという結果が出る。自分はここの所が良く分からなかったので、理解しきれなかったのだと思う。

 つまり、-20dBに近い程、出力される音の量が小さく(弱い音)、数字が大きくなるにつれ、音の量が大きくなる(強い音)という事になる。例えるのならば周波数(Hz)が違うと「ドレミファ…」に当たる音程が違ってくるのに対し、デシベル(dB)はテレビ等の音の大きさを変えるボリュームに当たると考えると良さそうである。

 また、0dBを健聴者と同じレベルという事で1倍とするのだそうだが、それ以外のレベルは、聴力レベルの値を掛け算しているのではないらしい。デシベルがある基準値に対する比率を表している為、例えば、聴力レベルの検査値が、6、10、20、30、40、50、60、80dBと増えていくにつれ、健聴者レベル(0dBを1倍とする)と比べて順に約2倍、3倍、10倍、30倍、100倍、300倍、1,000倍、10,000倍となるそうだ。

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 次に、どれ位が許容範囲(正常値)となるのであろうか? 

 世界保健機構(WHO)による分類というのも見つけたので、参考までに書き留めておくと、●軽度難聴:26~40dB  ●中等度難聴:41~55dB  ●準重度難聴:56~70dB  ●重度難聴:71~90dB  ●最重度難聴:91dB以上となる。

 この世界保健機構(WHO)の基準に対して、日本でははっきりとした基準がないみたいだ。目安として30dB以下(この数値より小さい数値)ならば正常範囲、今日の先生の説明を採用すると、50dBデシベル以上(この数値より大きい数値)なら、難聴と考えて良さそうだ。ちなみに、聴力レベルが70dB以上から身体障害者手帳が交付されるらしい。

 今日の聴力検査は7つの周波数(125、250、500、1,000、2,000、4,000、8,000Hz)で行われたが、検査結果の中に平均聴力レベルという欄もあり、左右の耳の結果が書いてあった。今回は特に異常とも言われなかったので、熱心には調べなかったが、計算式を1つだけ見つけたので、参考迄に書いておく。

 『平均聴力レベル』の計算式は以下の通り。
・ 500Hzの結果 = A [dB]、
・ 1,000Hzの結果 = B [dB]、
・ 2,000Hzの結果 = C [dB] と置くと、
【平均聴力レベル(4分法)】= ( A + 2B + C ) ÷ 4

※通常行われる聴力検査では、1,000Hzと4,000Hzの2種類のみである。
※【平均聴力レベル(4分法)】の計算式をもとに、自分の検査結果の数字から推察すると、仮に4,000Hzの結果をD [dB]と置くと、
【平均聴力レベル(3分法)】= ( A + B + C ) ÷ 3
【平均聴力レベル(6分法)】= ( A +2B +2C + D ) ÷ 6となっている様だ。


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 では、加齢(aging)によってどのように聴力レベルのグラフはどの様に変化していくのだろうか?

 加齢による聴力の低下は、20歳代から既に始まっており、40、50、60歳…と年齢が進むにつれ、全体に高音域、2,000~8,000Hz等といった高周波数の音域から低下する(衰える)傾向があるという。私が貰った検査結果と同じグラフ(座標軸)で表すのなら、30代位迄はどの周波数でも同じ位の値でほぼ横一直線である(正常なら左右両耳が同じ検査値になるそうだ)。それが加齢と共に、2,000Hzの辺りから右下がりの下降を示す感じのグラフとなる。もちろん、個人差もあるので、そこは柔軟に考えれば良いだろう。聴力の加齢による変化を示したグラフの一例を【聴力検査(オーディオメーター)】というページで見つけたので、参考にして欲しい。このグラフを見ると、加齢と共に徐々に全体に聴力が衰えてくる。そして、50歳を過ぎた頃から2,000Hz以上の高音域の聞こえ方が目に見えて落ちてくるのが分かる。

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 今回、メニエール病という病気の場合では、この聴力検査のグラフは右上がりのグラフとなるという話を聞いたが、メニエール病と断言されはしなかったので、これ以上詳しくは調べていない。

 また、検査結果で、左右の耳で差(異常)があり、身体機能にも左右に差がある様なら脳梗塞を疑い、CTスキャンを撮って調べたりするそうだ。

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 ところで、人が聞こえる周波数というのは、20~20,000Hzの範囲だそうで、通常、人の会話の周波数は50~2,000Hz位らしい。75歳以上で周波数2,000Hz以上の高い音の聞こえるレベルが30dB以上(正常範囲外)と悪くなるのを見ると、年を取ると耳の聞こえが悪くなるというのも、なんとなく頷ける。そんな人には大きな声で話しかけなければ、聞き取って貰えない……そして大きな声を出すって、デシベル[dB]が大きいって事じゃないか! 

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 また、近年ニュースになった「若い人には聞こえるが、大人には聞こえない音」という話の、「若い人に聞こえる音」というのは、周波数にして14,000Hz以上の高音で、20代・30代になってくるとこのあたりの音が聞こえにくくなり始めるそうだ。(※ネットで、この「若い人に聞こえる音」を視聴できるページもいくつかある。興味のある人は試してみると良いが、例えその音が聞こえなかったとしても、音自体は高周波数で出ているので、スピーカー音は最大にはしないで試す事をどのページでも注意している)

  自分も試してみたが、14,000Hzは左右共に聞こえた。それ以上の周波数に関しては、ノートパソコンのモーター音が邪魔する中で試したので、精密にはどこまでぎりぎり聞こえているのかは目下不明(そのうちスピーカーを連結して試してみようかなとも思っているのだが……)。一つ分かった事はこれ以上になってくると、より高い周波数になるにつれ、聞こえる音の大きさが小さくなる様に感じるという事だ。つまり、聞こえ難くなってきてしまうという事で、“耳が遠くなった”という表現はこんな感じなのかも、と実感した。そうなると、良く聞こえる人にとってはパソコンのモーター音なども問題ではない類の音なのだという事が分かる。

 実際、20,000Hz等は自分には聞こえなかったので音量を上げて試したりもしたが、そのまま12,000Hzの音を試すと、キーンと大きな音が出て、頭が痛くなる程であったからだ。聞こえなくてもそれは老化なのであるから気にせず、無闇に音量を上げない方が無難かもしれない。ここでは敢えて自分が試したページを紹介しないが、『大人には聞こえない音』というのを試す事が出来るページで、《スピーカーの音量を上げない様に注意》しているのは、恐らく聞こえる人にとっては、スピーカーの音量を上げなくても十分大きな音で聞こえるからだと思う。だから、試してみようと思う人は、聞こえなかった場合、ムキになってボリュームを上げるのではなく、このあたりまで聞こえるのかと気軽にチャレンジする方がいいと思う。
※それに、あくまでも個人的なイメージなのだが、たとえ聞こえなくても、頭がキンキンする様な周波数の音が出ているのだから、「聞こえない、聞こえない」と音量を上げて何度も繰り返すと、なんだか体に悪そうな気がする。

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 以上、色々と聴力について調べてみたのだが、最後に、自分の検査結果と見比べると、通常なら、横一直線か、次第に(加齢につれ)右下がりのグラフになるみたいだから、やや右上がりの傾向があると言えなくもない。先生はこのやや右上がりのグラフを見て、メニエール病という名前を可能性として言われたのだろう。だが、全て許容範囲内に治まっている(30dB以下)様なので、全体としてみると正常なのでは、と自分の中では考えている。

 上述したが、自分にはもう既に小さな脳梗塞(隠れ梗塞)があると思っている理由は、入院する前から、ひどい深酒をした時等に、左目の視力が少し悪くなる(視界が暗くなる) 症状がある事に気付いている為である。そう思ってこのグラフを見てみると、左耳の方がやや聴力が悪くなっている。しかも、今回『大人に聞こえない音』というのを試した結果、高周波数域で左耳の聞こえが右耳より悪かったのだ。そうなるとますます、CTスキャンで自分の脳を見たくないなぁと思ってしまう。きっと脳の右側に点々と梗塞跡があるに違いない。。。。。。。。。。。。。。。。。

 軽くまとめるつもりが、こんなに長くなってしまい、検索やPC画面の見過ぎで、頭が痛くなってしまった(頭痛……)。いつもうまく短くまとめられない。。。それこそめまいがしそうだったが、この情報どれか一つでも、誰かの検索の役に立てばいいなと思っている。。。 そして、あの変なめまいが今後、もう二度と起こらないというのが、今の自分にとって一番いいのだと思っている。

2008-08-06

IVHカテーテルの形状詳細

 前回、『IVHカテーテル(CVカテーテル)挿入法について』を書いたので、今回は、一部重複する所もあるが、自分の入院中に使用されていたIVHカテーテル(intravenous hyperalimentation catheter、中心静脈カテーテル)の形状について、自分なりに調べたり観察したりして詳しくまとめた結果を、写真を添えて残しておこうと思う。私の場合は、カテーテルを右鎖骨下静脈(subclavian vein)に挿入されていたので、おおむね、その前提でまとめる(※各写真をクリックすると少し大きな写真が見られる)。※今回の説明文は非常に長いので、もし闘病中の方なら、私自身入院中、文字を読むだけでも非常に体力を消耗してしまった経験があるので、斜め読み程度にして、どうぞ無理されます様に……

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 ここで紹介する写真のIVHカテーテルは、点滴する口が2つある、2叉に分かれたダブル・ルーメン(lumen)タイプである。形状から、アロー社製の中心静脈カテーテルと思われる。カテーテルは、この他に(アロウ社製のものでは)ルーメンが1つのもの、3つのもの、4つのものがある様だ。以下に説明する部分で、アロウ社での説明をもとに各部位の説明をするので、もしかしたら、製造元が違うと部位の名称(呼称)も少し違うかもしれない事にご注意願いたい。

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 まず、写真①で全体像を見ていこう。後半で個別に、もう少し詳しく説明をしていく。

・ 写真①左半分の2叉に分かれたものから白色カテーテルの、先端が青色で細くなっている部分(ブルーチップ)の所までがIVHカテーテルである(写真②)。
 
・ 写真①右半分に見える2つの透明な管(カテーテル)は、IVHカテーテルを実際に点滴に繋ぐ為の中継の管で、“延長カテーテル”とナースは呼んでいた。末端の水色の部分に、点滴の管を連結出来る様になっている(写真⑪、⑫)

・ 写真①左側に見える白色カテーテル(管)先端の、ブルーチップ(tip;先端)の所が、カテーテルの先端で、心臓の近くに留置されていた部分にあたる(写真③~⑥)。

・ 写真①左の白色カテーテルの途中に、青色のハネ(カテーテルクランプ)が付いているが(写真②、⑧)、これは、カテーテルが抜けない様に、皮膚に縫い付けて固定する部分である。つまりそこから先端までが体内に挿入されていた部分になる(写真⑦)。

・ これはダブル・ルーメンタイプなので、写真(①、②)では一見、2本のカテーテルが、一本の白色のカテーテルに合流している様に見えるが、実は、白色カテーテルの中では先端の方まで、2本の管に分かれており、血流に達する最後まで合流する事が無い様に作られている。そして白色カテーテル内の2本の管の直径(太さ)はそれぞれ違っている(これは入院中に先生に質問して教えて貰った事なので、実際にこの白色カテーテル部分の横断面を見て確かめてはいないのだが……)。同時に2種類以上点滴する場合等は、点滴の内容によって、直径の太い方を使うか、或いは細い方に点滴を繋ぐか、使い分けたりする。

・ 写真①の左中央に茶色のハネの部分(ジャンクションクランプ、写真⑦左下)があり、青色のカテーテルクランプと同様、穴が2つ空いているのが見えるが、私の場合(右鎖骨下静脈挿入)、皮膚に縫い止めたのは、ブルークランプの所のみであった。

・ 茶色のジャンクションクランプの所で、白色カテーテルは2本の透明な管(カテーテル)に分かれている。その先には茶色のハブ、又は白色のハブがあり、それぞれに延長カテーテル(写真①右半分に2つ見える)を繋いで、点滴ルートを2本確保している(写真①)。ハブ(hub)とは、管(カテーテル)と管(カテーテル)をつなぐ部分と考えたらよいだろう。

・ 写真①で、IVHカテーテルが延長カテーテルに連結している繋ぎ目、即ちハブが、写真①上の方が茶色(写真②上)、写真①下は白色(写真②右)になっているが、この色によってカテーテルの直径(太さ)を見分けられる様になっている。このカテーテルでは、茶色のハブ側の方が太い。

・ 写真①右の、延長カテーテル末端近くの管に通されている、青色のクリップの様なものは、カテーテルストッパー(写真⑮)で、点滴時は写真①の様に解放状態にし、点滴のない時は、このストッパーを閉じて、カテーテル内の液が漏れない様にしている。

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 次に、各部を詳しく見ていこう。

・ 写真②は、私に使われていたもの、即ち使用済みのものなので、文字はよく読み取れないとは思うが、2叉に分かれた、IVHカテーテルと延長カテーテルを繋ぐハブが白色の方(写真②右)の、透明な管の中央には、[proximal 18GA]と書かれている。

・ ハブが茶色の方(写真②上)の管には[distal 14GA]と印字されている。

・ 目安として、写真②で、先端のブルーチップから青色でハネのあるカテーテルクランプの所までが、体内(の血管内)に挿入されていた部分で、先端のブルーチップの所が、一番心臓に近い所にある、という位置関係になっている。

・ proximalとは近位という意味で、より点滴側に近い位置(皮膚寄りで心臓からは遠い位置)に、点滴の出口の穴(port;ポート)が血管内に空いている事を示す(穴部分の拡大は写真③、⑤)。近位の穴は、カテーテルの側面に空いている。18GAとは白色カテーテル内での管の径を表す(細い)。

・ distalとは遠位という意味で、proximalよりも遠い所、即ち最も心臓寄りに点滴の出口の穴(ポート)が空いている事を示す。写真には写っていないが、ブルーチップの先端部分に穴が空いている。更にこの側面にも、もう一つ穴が空いている(側面の穴部分の拡大は写真④、⑥)。14GAとはカテーテルの径を表し、白色ハブ側の18GAよりも径が太い。ちなみに、この数字が小さくなる程、径は太くなる。

・ 2つ以上の点滴を同時にする時、点滴の内容(種類)によって、カテーテルの太さによる使い分けがあった。抗癌剤(anti-tumor agent)は必ず、太い径の茶色のルートから行われ、赤血球(RBC:red blood cell)や血小板(PLT:platelet)の点滴も太いルートから、そして、骨髄移植(bone marrow transplantation;BMT)の時の骨髄液(bone marrow aspirate)も茶色の太いルートから行われた。

・ 実際に穴(ポート)の形を見ると、側面のポート(出口の穴)の大きさは、必ずしもカテーテル(管)の直径と一致しているとは限らない様だ。写真③~⑥にポート(穴)の拡大写真を載せたが、ブルーチップ先端の穴は写っていないが、遠位では側面に丸い穴(ポート)が空いているのに対し、近位では楕円形のポート(穴)で、遠位と比べてやや大きい。

・ 長い入院中、次第にカテーテルの通りが悪くなる事がままあるが、ナースや先生によると、考えられる原因の一つには、実際にカテーテル内が何かで詰まってきて流れが悪くなったからというもの、そしてもう一つは、特に近位の場合だが、穴(ポート)が側面にある為、カテーテルが血管内壁にぶつかって丁度この穴を塞いでしまっているのではないか、というものであった。後者が原因の場合、患者本人が体や胸、腕等をわざとぐるぐる動かしてみたりすると、急に点滴の流れが良くなるという事があるそうだ。

・ 私に使用された2ルーメンタイプのカテーテルでは、遠位側の穴(ポート)はブルーチップの先端と管の側面の2か所に穴が空いていたが、ネットで見つけた説明書によると、先端に1つだけ穴が空いているタイプもあるらしい。3ルーメンタイプの場合は、遠位の穴(ポート)は先端のみ、近位はここで紹介した近位の穴と同じ位置、そして中間の所(即ち、紹介しているカテーテルの遠位側面にある第二の穴の所)は、3つ目の点滴ルートの穴となる様に作られている様である。

・ お気づきの方もおられると思うが、IVHカテーテル側面のこれら二つの穴は同一線上(同一面上)には無く、近位と遠位の穴は互いに180度反対側の裏面に存在しているので、両方の穴を同時に写真に収める事が出来ない(写真③と④、⑤と⑥)。

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 余談になるが、このIVHカテーテル(CVカテーテル(中心静脈カテーテル:central vein catheter)とも言う)を抜く事になった時、以前、先生から訊いていたIVHの先端構造を実際にこの目で確かめる事が出来るという思いから、担当医に「抜いたIVHを記念に下さい」と言って、本当に貰ってしまった。カテーテルの先は抜いたばかりなので、当然、自分の血で汚れている。個室だったので、自分でせっせとカテーテルの洗浄をしながら、先生から訊いた話では、遠位は先端に穴が空いていると訊いていたが、それ以外にもう一つ、側面にも穴が空いている事等を発見したりしていた。

 カテーテルの洗浄には、以前ナースに頼んで、使用済みの注射器(syringe)を貰っていたので、それを利用してカテーテル内を念入りに洗浄した。この注射器は、ヘパリン(heparin)という、カテーテル内の液を清浄にする(固まらない様にする)為の液を注入する『へパ・フラッシュ(とナースは言っていた)』(点滴のない日には毎日行われた)の時に、毎回使い捨てにされていたもので、どうせ捨てるのならと、使用済みの注射器を貰ったものである。※抗癌剤と違って、へパリンは体に安全なものだったので、貰っても良いと考え、貰った後はすぐに洗浄して取って置いた注射器である。

 しかし、どうしても血液を洗い流せない部分があった。それは、近位(proximal)の穴(ポート)から遠位(distal)迄の部分で、血液が残ったままであった。根気良く洗っているうちに、どうやら、カテーテルの近位は穴の所で終わっているのではなく、その近位の穴から遠位迄が盲管状になっている為、そこに入り込んでしまった血液が洗い流せないのだという事が分かった。量としてはごく少量だろうが、(素人感覚で考えると) 感染(infection)等に気を付けなければならないだろうに、血液が淀んだ部分(即ち盲管部)が存在していいのかと、ちょっと驚きであった(改善出来ないのかとアロー社に言い所だが……)。

 先生が回診(round)に来られた時に、早速、カテーテルにの遠位の穴は2つあった事と、近位側に盲管が存在する事を、洗ったIVHカテーテルを見せながら話してみた。先生は、普段、IVHカテーテルの挿入を行なう事はあっても、カテーテルの先端を間近で見るのは初めてらしく、興味深く眺めておられたのを覚えている。

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 さて、次に、カテーテルを皮膚に縫い付けて止める為の、青色のハネ(カテーテルクランプ)部分を見ていこう(写真⑦、⑧)。

 青いクランプ(clamp)は取り外せて、その下にもう一つ白いクランプがカテーテルを保持している。青クランプと白クランプを2枚重ねた状態で、皮膚に固定する。写真⑦・⑧は青クランプを外し、ひっくり返した様子である。このIVHカテーテルを抜いた時に、自分で洗ったので、クランプの位置は若干ずれているが、だいたいこの写真のクランプの位置から先端迄が、心臓に向けて挿入されていた部分にあたる。

 前回の続きになるが、『IVH挿入マニュアル』を読むと、挿入するカテーテルの長さは、右鎖骨下静脈(subclavian vein)穿刺で13~15cmである。右内頸静脈(internal jugular vein)穿刺では、穿刺(paracentesis;puncture)する部位により異なり、胸鎖乳突筋(sternocleidomastoid)前縁中央からのアプローチで13~15cm、小鎖骨上窩の頂点からで11~13cmを指標とするらしい。また、大腿静脈(femoral vein;venae femoralis)からのカテーテル挿入の場合、成人で40~50cm位だとか。。。

 挿入した長さが分かる様に、カテーテルにはメモリが打ってあり、先端のブルーチップから初めにある黒の一本線の所迄が10cm、白色クランプあたりの[15]と刻印されている所が、15cmの長さ、15cm以降は4つ黒い点があるが、この間隔は1cm、茶色のジャンクションクランプ手前の黒二重線迄で20cmとなっている(写真⑧)。

 参考までに、私のカテーテル挿入状態(写真⑨)も載せておく。白カテーテルにある二重線や、黒の点のある位置から見ると、胸の中に挿入されたIVHカテーテルの長さは15cm位になっているのが分かる。一度、挿入時のレントゲン写真(an X-ray (photograph)を見せて貰った事があるが、右鎖骨下から英語大文字の「 J 」を丁度逆さにした様な形で、心臓のすぐそばまで挿入されていたのを覚えている。

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 また話を脱線するが、この写真⑨は、入院中、IVHカテーテルを抜く時に、一度だけ長姉が居合わせた事があり、その時にこの記録を残そうと、急に思い立ち、姉にカメラで撮影してと頼んだ時のものだ。あいにくこの日カメラを持ってきていなかった姉は、「うわぁ~~、怖い……」と言いつつ、携帯電話のカメラで撮影してくれた。

 この写真⑨では、右鎖骨下を撮影しており、私は仰向けで寝ている。頭部は写真の左斜め上の方、少々右肩(写真で言うと左側が右肩にあたる)が斜め下位の角度で写っている。チェック柄の布はその時着ていたYシャツで、右肩が隠れている感じである。この病院では、イソジン(Isodine)を消毒液としても使用している為、挿入口を中心に、消毒(disinfection)した所が茶色くなっている。普段はこの消毒後、すぐに、清浄で大きく四角いガーゼで、挿入部(ブルークランプ部分)・茶色のジャンクションクランプ部分全体を覆い、テープで止めていたので(要するに外気に直接触れない様に、ばい菌が入らない様にしている)、自分でもゆっくりと見た事は無かった。

 撮影日を見ると、母が亡くなってすぐの日付である。その1ケ月半位前の外出・外泊許可で帰宅した時、母の異変に気付き(詳しくは「生亜紫路2006」の『2006-07-21 (金) 外出、母の異変』)、入院して検査して貰った結果、誰もが想定だにしなかった末期の癌が母の体に発見されたのだった。母はホスピスに転院し、治療中で身動きの取れない私は、化学療法(chemotherapy)のクール(Kur)を終えて、やっと貰えた外泊許可(exeat;overnight)で、無理して、臨終が近かった母に最期のお別れをする為に会いに行き、その後ひどい肺炎(pneumonia)を起こした頃のものである。肺炎を起こした決定的な原因が分からないまま、抗生剤(antibiotic)の治療が続けられ、その間に母は天に召され、私は肺炎等の更なる悪化を防ぐ為にと、念の為にIVHカテーテルを抜く事になった日付である。写真を見る限り、カテーテルを止めていた痕等が、ブルークランプのまわりに見られる事より、2度目のカテーテル挿入の状態であろう。

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 話を戻すが、今度は、カテーテルと点滴をつなぐ延長カテーテルについて、みていこう。全体像を写した写真①に見られるIVHコネクタ(延長カテーテル)については、『生亜紫路2006』の『2006-07-11 (火) Aコース(3回目) 07日目 キロサイドのルンバール』にも少し説明しているので、それを参照して貰うとして、ここでは、もう一つ、違うタイプの延長カテーテルを紹介しよう(写真⑩)。

 私に付けられていたカテーテルは2ルーメンのものであったが、点滴を同時に3種類以上しなければならない時はどうするのだろうか、3ルーメンとか4ルーメンのカテーテルに挿入し直すのだろうか!? 三方活栓を利用するという方法もあるかもしれないが、私の場合は写真⑩の様な“延長カテーテル”を更に継ぎ足して貰っていた。

 詳しく見ていこう。 まず、写真⑩の水色端側(写真中央右下;ここではメイン・コネクタと名付ける事にする)は点滴に繋ぐ面(コネクタ面)で、写真①の右半分にあるのと同じ形状をしている。写真①と違って、写真⑩の延長カテーテルには、この水色の繋ぐ面(コネクタ面)と同じ形のものが、カテーテルの中央にもある(ここではサブ・コネクタと名付ける事にする)。これによって、1つしかコネクタ面がなかった1本のルートを、2種類同時点滴可能なカテーテルに変える事が出来る。但し、メイン・サブの両方のコネクタを同時に使う時は、点滴する2種類の液が互いに混じりあっても大丈夫なものを選ばなければならない。そして、同時に点滴された液は混合した状態でIVHカテーテルへと流れていく事になる。

 写真⑩の左下、水色のコネクタ面とは反対側の端末は、透明な繋ぎ部(写真⑪左)となっているが、この形状は、水色のコネクタ面と繋げる様になっている(写真⑪、⑫)。点滴を繋ぐ時も、点滴からの管の先端はこの透明な部分と同じ形状をしていた様に思う。

 延長カテーテル水色のコネクタ面(写真⑪右)で、カテーテルと接続する部分は、中央の白っぽく丸い所で、見え難いかもしれないが、縦一本に切れ目が入っている。この状態ではカテーテル内の液は漏れない構造になっており、そこに写真⑪左の透明部分と同じ形状のコネクタを押し込むと、管が一本に繋がり(写真⑫)、点滴が開始出来る。そして両方のコネクタが外れない様に、押し込んだ後は少し回してカチッと止める様になっていた。

 時々、どちらかのコネクタの不具合から、点滴の液が漏れていた事があったが、漏れを見つけたら直ぐにナースに連絡を取って報告したものだった。点滴によっては、特に抗癌剤等だったら、皮膚に触れると炎症(inflammation)を起こしたりする事等があるからである。

 この水色の点滴口(コネクタ面)は、点滴に使用するほか、何か注射が必要になった場合も、わざわざ注射針を腕に刺す事なく、先生方はここから注入していた。水色コネクタ中央の切れ目に注射器の先端を押し込むと、液漏れする事なく先端だけ管の中に突っ込む事が出来、引き抜くと、元通りに閉じる。急な発熱(pyrexia、fever)等で緊急採血(血液培養)が必要になった時は、腕と、ここ(IVHルート)からの計2か所の採血があった。入院中に貰って来た注射器を使って、そのイメージ写真を、写真⑬、⑭に載せておく。写真中の注射器の近くに、白いものを置いてあるが、これはへパリン液の入った注射器の蓋で、入院後半からこのキャップはねじ込み方式にデザインが変更されていた。

 参考迄に、写真⑨でIVHを抜かれたのは、IVHの先端(出口)付近で、何らかの原因で菌が繁殖する事もあり、そうなるとIVH自体が菌の繁殖源になるので、その危険性も避ける為にと抜いてみる事になったのだった。そして、そのIVHの先端は、血液培養の検査に回された(抜いたばかりで血だらけのIVHの先端をハサミで切って、検査用容器に回収していた)のだが、結局、そこから菌は検出されなかったと数日後教えて貰った。抜いて検査しなければ結果が分からない事は理解してはいたが、何も菌が検出されなかったのに抜いてしまったので、またカテーテル挿入をして貰わなければならなくなった事に、内心ため息が出たものだった。血液培養について詳しく知りたい方は、『2008/05/03 (祝) 血液培養について』をご参照頂きたい。

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 最後に、写真①や⑪で、水色コネクタの近くの管に、青いものが写っているが、これはカテーテルのストッパーである(写真⑮)。カテーテルの太さによって、大・小あり、色違いの白いのもあった(写真⑮)。写真では白色のものは一部私が緑色のペンで色を塗ってしまっているが、本当なら真白である。点滴に繋いだりしない限り、水色のコネクタから内部の液は漏れてはこないが、普段点滴のない時は、安全の為、更にこのストッパーで管を挟んで止める様になっている。

 カテーテルはこのストッパーの長軸方向の穴に通っており、丁度私が緑で色を付けた部分を両方から指で挟むと、パチッとかみ合い、その間を通っているカテーテルの管は押しつぶされる形になるので、内部の液の動きを止めるというものだ。

 点滴液を、手動で落下(点滴)させる時等は、このストッパーで取り敢えず中止する事が出来るが、装置を使い機械的に点滴液を押し流す場合、たまにナースがこのストッパーを外し忘れる事があった。装置を使って機械的に点滴を流すと、ストッパーを止めた状態でもちゃんと流れてしまうので、ナースもストッパーを外し忘れた事に気が付かない(要するに解除し忘れる)事がある様だ。

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 参考までに、普段点滴のない時、このIVHカテーテルは水色末端(繋ぎ口)が雑菌等に触れない様に、水色のコネクタ部分をカーゼでくるんでゴムで止めている。胸から出たカテーテルの末端はガーゼにくるまれゴロゴロしていて、ぶら下げるととても嫌な重みが挿入口にかかってくる。そこで、入院中はTシャツではなく、胸ポケット付きの前開きのパジャマかYシャツを着て、ガーゼでくるんだカテーテル末端は胸ポケットに入れていた。

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 長くなってしまったが、以上、こんな感じである。

 その他、IVHにまつわるトラブルや体験談等、入院中の出来事を知りたい方は、『生亜紫路2006』の右サイドにある【ラベル:IVH】をクリックされると、色々と出てくるので、ご参照下さい。

 尚、今回も、これと同じ記事を、初発入院時の体験を記録している(現在更新休止中)、もう一つのブログ『生亜紫路2006』にも載せている。

2008-07-24

IVHカテーテル ( CVカテーテル ) 挿入法について

 あんまり思い出したくない記憶だが、『生亜紫路2006』の更新を随分休んでいるし、まだ記憶が残っているうちに少し詳しく、調べた内容等も含めてまとめておこうと思う。

 白血病(leukemia)が発覚して初めに行われた事の一つに、IVH(intravenous hyperalimentation)カテーテル挿入があった。抗癌剤(anti-tumor agent)等を点滴する為の管を鎖骨下静脈(subclavian vein)に挿入するのだ。中心静脈CV(central vein) (主として上大静脈)内にカテーテル(catheter、点滴の管)を挿入し、そのまま留置する(留置カテーテル(indwelling catheter);要するに管の先端は血管内に置いたままにしておく)ので、CVカテーテル挿入とも言う。その時の体験・心情は、『生亜紫路2006: 2006-03-28(火) CVカテーテル挿入』で述べたが、こんな経験は2度としたくない。しかし、入院も長くなると、このカテーテルの(点滴の)通りが悪くなったり詰まったりして、再度挿入し直されたりする。自分も、1、2回あったが、最初にあの辛い思いを体験しているので、また挿入されるのには、非常なストレスであったのを覚えている。

 さて、退院して後、このブログで入院中の体験を記録に残そうと思い、当時の記録と記憶を辿りながら、IVHカテーテル挿入についてもネットで調べた事がある。それらを簡単に(自分なりに)まとめると、次の様になる。

 カテーテルの挿入部位には、主に鎖骨下静脈・内頚静脈(内頸静脈(internal jugular vein))・大腿静脈(femoral vein;venae femoralis)の3つで、肘静脈というのもある(肘正中皮静脈[ちゅうせいちゅうひじょうみゃくintermediate cubital vein]、尺側皮静脈[しゃくそくひじょうみゃくbasilic vein]、他に橈側皮静脈[とうそくひじょうみゃく、cephalic vein]等もある)。挿入部位の選択は病院によって方針が異なるらしく、私は鎖骨下静脈だったが、内頚静脈を第一優先にしている病院もある。読んでみた印象では、内頚静脈の方が、鎖骨下静脈より探しやすそうであるが、頸の根元(鎖骨の上あたりをイメージするといいかもしれない)に点滴用の管(カテーテル)が出る事になるので、患者にとってはやや不自由というか、そういう感覚が多い傾向があるそうだ。自分の場合、胸(右鎖骨下)から管が常時付いている状態で、これだけでも十分過ぎる程、苦痛であったが、首からカテーテルが出ている事を想像すると、首でなくてまだしも良かったと思ってしまう。患者にとってどちらがマシか等は比較しようがないので、これはあくまでも、一個人の感想・意見としてだけとらえて欲しい。

 穿刺(paracentesis;puncture)・挿入の方法はというと、解剖学(anatomy)的所見や触診(palpation)で、筋肉の走行や血管の位置を確認し、それに基づいて、目的の静脈を探り当てていく。施術される患者の頭や腕、下肢の向き等を正しい位置に向けておく事で、より確実に静脈にあたる様にしている。針を刺していくと筋肉と血管などでは弾力というか当たり(感触)に違いがある為、解剖学的な血管の配置や深度をもとに探し、静脈に辿り着いたかどうかは、逆血(注射器(syringe)等で引いてみて、血が出てくる)の有無等で確かめる。間違って動脈をいきなり刺してしまう事は少なさそうだが、病院によっては、エコー(echo)等で正しく静脈に挿入されたかを確認しつつ行なう所もある。静脈の血管に入れたカテーテル(管)の先端は一般に、心臓の近くまで挿入して留置する。そして最後にカテーテル挿入部と皮膚を糸で縫って固定する。施術終了後は、正しく挿入されているかどうか確かめる為、レントゲン写真(an X-ray (photograph)を撮ったりして確認する。

 以上、大まかな理論・手法は恐らくどこでも同じであろうが、病院や先生によって、少しずつやり方に違いがある様だ。ちなみに、自分の場合は、術前・術中にエコーもX線撮影も用いられず、全て終わってから、最後に確認の為の胸部X線(X-ray)撮影があった。いずれにせよ、(うまく挿入出来る様に工夫されている)IVHカテーテル挿入キットがあり、どの病院でもその類を使っていると思われる。後は、やはり施術される先生の技量かも……

 次に、自分が参照した、IVH挿入法の詳しい記載のあるページを、以下に紹介しておこうと思うのだが、医者向けの専門的なものであり、一般の人向けではない事にご注意願いたい。挿入された経験者でなくても、(人によっては)見るのが辛いと思われる図や写真も載っている。だから、血を見るのも怖いとか、針で刺されるのもイヤだという人は、これらは見ない方が良いと思う。特にYouTubeのビデオは施術手順を患者さん相手に、実際に行なっているのを映しているで、安易に見ない方がいいだろう。

 何故ならば、医者がどういう風に静脈を探して挿入しているのかを知りたくて調べた自分ですら、こういう風にされていたんだと理解出来たのはいいが、あの時の記憶も蘇えり、読んでいても涙が止まらなかったし、改めて見直してみても、やはり昔の記憶とリンクして、病気になってしまったショックと悲しみが思い出され、涙が出てくる。特に、今回新たに見つけたYouTubeの映像は、自分のとは違う、頸からのカテーテル挿入法ではあるが、痛みが想像される分、まともに見るのはかなり辛かった。痛みと言っても、もちろん、麻酔(私の場合は局所麻酔、全身麻酔する事もあるらしい)をかけてから行われるのではあるが、何とも嫌なもので、麻酔が切れた後も、それなりの痛みは生じるし、その後の不快感(体からカテーテルが出た状態)は、どうしようもない。

 とにかく以下に紹介するページは、医者向けの専門的なものである。今まさにこの施術を受ける人にとって、これを見て要らぬ恐怖感を与えてしまっては、(治療に差し支えたら)申し訳ないと思うので、詳しく知りたい方でも、この点を踏まえ、慎重に考えてから見るかどうかを決めて頂きたい。そして何より大切なのは、先生を信頼して任せるしかない、という事だろうか。


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 以下に、挿入マニュアルで参考にしたページを記載しておく(医者向け・専門的なので、見るかどうかはよく考えてから決めて下さい。青色の文字で下線がある所をクリックすれば、そのページに移れます)。

・九州大学医学部第3内科肝臓研究室の所から見つけた、『中心静脈カテーテル挿入の方法』
※ 頸、鎖骨下、大腿部からの挿入方法と、注意点等が書かれている。私が一番初めに見つけて参考にしたページである。
※ 自分の場合は、右鎖骨下静脈に挿入されたが、初めての施術時に「頭を左に向けて」とか、途中から「上を向いて」とか言われた記憶があるので、九州大学医学部のマニュアルに近いのかもしれないが、施術される先生によって、やはり少しずつやり方が違っている。

・名古屋大学医学部麻酔学講座の【研修マニュアル】の項に出ていた『中心静脈カテーテル挿入マニュアル 改訂第二版』。
※ これは40ページに渡り、非常に詳しく記載されているマニュアルである。

・同上の医学部から出されているビデオがあり、YouTubeでその映像を見る事が出来る。これは内頚静脈からの挿入法を、挿入キットの下準備から、留置後の挿入部位を糸で固定する所までを、簡単な説明を入れながら撮られた、約10分のビデオになっている。
※しつこい程、注意書きを繰り返すが、見るかどうかはよく考えてからにして欲しい。
『名古屋大学医学部付属病院 中心静脈カテーテル挿入ビデオ』




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 最後に、せっかくIVHカテーテル(CVカテーテル)挿入についてまとめたので、私が入院中に挿入されていたカテーテルの写真を載せておく。点滴する口が2つある、2叉に分かれたダブル・ルーメン(lumen)タイプである。形状から、アロー社製かと思われる。



・ 白い管の方で、先端が青色で細くなっている部分が、カテーテルの先端で、心臓の近くに留置されていた部分にあたる。
・ 白い管の途中に青色のハネが付いているが、ここで、皮膚に縫い付けて固定する部分である。つまりそこから先までが体内に挿入されていた部分になる。
・ これはダブル・ルーメンタイプなので、写真では見えないが、一本の様に見える白い管の中は、実は2本の管に分かれており、管の直径(太さ)がそれぞれ違っている。点滴する内容によって、使い分けたりする。

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 カテーテルがどの様になっているのかの詳細については、次回『IVHカテーテルの形状詳細』で、更に詳しくまとめているので、興味のある方は参照して貰いたい。

 尚、今回は、これと同じ記事を、初発入院時の体験を記録している(現時点、未完成)もう一つのブログ『生亜紫路2006』にも載せている。

2008-07-16

2008/07/14(月) 教員採用試験不正の波紋

 7月に入ってから、巷のニュースでは、大分県教委汚職事件が大きく取り沙汰されている。この事件、大分だけでは治まらず、全国の教育委員会に飛び火するのは必至だろう。何故なら、こういった類の問題は、既に20年以上前からあったと思われるからである。だから、この問題、単に1県だけでの事件として大騒ぎする所では済まなくなる程の、重大な問題へと発展する様な気がしてならない。

 自分は教育学部ではないが、教員免許を取得している。卒業後は、小学校ではないが、高校等の非常勤講師等をしながら、何回か市の教員採用試験を受けた事がある。受験前には、講師仲間や先輩教員から、過去問とか、試験勉強のポイント、或いは「常勤講師の方が、絶対に有利であるから(即ち、より、教師になる意欲があるとみて貰える可能性があるから)、常勤になった方が良い」とか色々アドヴァイスも受けた。

 常勤講師の時は、同じく常勤で、教員採用試験を何回も受けていた同僚の話は印象的だった。「教員試験なんて、無いも同然、コネの力が多大」と断言した彼女は隣県から通勤していたが、「今はK市で常勤をしているからK市の教員採用試験を受けるのが断然有利なので、(地元ではなく)K市の試験を受けている」のだという。

 “親が教員の人は有利らしい”だとか、“教育委員会に知り合いがいると(特に、直接顔見知りになって、気に入って貰えると)合格し易いらしい”とかいう話が、まことしやかに囁かれているのもよく聞いた。更に、そんなこんなの話を親に話すと、それはあってはならない事ではあるが、昔から似た様な話は(教員に限らず)良く聞く話だ、といって、色んな話をしてくれた様に思う。つまり、そういった傾向ははるか昔から存在しているのだと言えるかもしれない。

 最初に非常勤した所の先輩先生は、同期で教育委員会へ異動している先生を、「教員になるつもりなら、顔見知りになっておいて不利はないから」と気を遣って、教科での飲み会(学期末の打ち上げ)の時に連れてきて、引き合わせて貰った事もある。その後その教育委員会の先生とは、年度末になると、次の非常勤・常勤捜しの問い合わせで電話があったり、時には、有能な教員候補を私が紹介した事もある。

 この教育委員会の先生とは、紹介して下さった先生を交えて、もう一度位(試験面接時以外で)会った覚えがあるが、何で呼び出されたのだろうと思っていくと、雑談に始まり、今年も採用試験を受けるのかというまじめな話になり、その続きの様な感じで、不意に、「知り合いに適齢期の良い男性教師がいるのだが、どうでしょうか?」と、暗に見合いを勧められた事があった。いきなりで正直戸惑ってしまい、出来るだけ丁寧に当たり障りなくお断りしたつもりであるが、採用試験を控えている者に対して、教育委員会に属する先生が、一体どういうつもりで、この話を持ち出されたのか、未だ理解に苦しむ。

 話は逸れるが、自分自身が講師になる迄は全然認識していなかったのだが、学校の先生の中には、自分を含め、まだ正教員でない、いわば派遣の様な形の先生が、ごく普通に、どの学校にも(自分の想像以上に)いるという事に驚いたものである。退職後の教師など例外はあるだろうが、その多くは大学で免許を取得後、採用試験受験を目指しながら現場で教えている、自分と同じ非常勤や常勤講師で、教師の卵達である。しかし講師の勤め口は、来年はあるかどうか保証されていないのが実状で、常勤講師等は、正教員と全く同じ仕事量なのに、採用試験勉強もしなければならず、給料等、割に合わない、とぼやく人も多かった。また、受験に年齢制限もあり、とうとう諦めてどこかへ職を探す人も多いという。

 採用試験でも、“今年は体力検査も取り入れる事にした”と変えられた事がある。今はあるかどうか知らないが、確か、他所の採用試験で実施し始めたから、市の教育委員会でもやる事になったと聞いた。より万能な教員を得る為か、ふるいにかける為か知らないが、やる事が安易である。その為、体育の先生希望者でなくても、受験科目になってしまえば仕方がないので、全員体力試験も受けなければならなくなってしまった。

 教科はともかくも運動全般はそこそこ出来る自信はあったので、私にとってはここで出来るだけ点数を稼ごうと(恥かしながら)思って受験に臨んだが、受験は夏休み初めの、非常に暑い時期にある。毎年、筆記試験だけでも暑くて疲れてしまうのに、運動能力試験も蒸し暑い体育館の中で行われ、自分は、それでも各種こなしていったが、もう暑くてくたくたである。受験者の中には太っていて、運動は何年もしていなさそうな受験者が、汗だくになって必死に坂上がりをしようと頑張っていたが、とうとう一回も出来ないうちに時間切れになってしまって肩を落としているのを見ると、ますます教育委員会のする事に、不審を抱いてきたのを思い出す。

 ちょっと話が脱線してしまった。私の場合、学校の授業の下調べや準備、テストや成績付け等と、採用試験勉強を両立する事が下手で(要するに出来が悪かった為)、結局合格はしなかったが、何年か現場で教員をしていると、何故この先生が採用試験に受からないのか、とか、どう考えてもすべった筈の人が採用されたらしいよ、という話を実際に見たり聞いたりする事は少なからずあった。

 たとえ金品の受け渡しが無かったにしても、万事、こんな調子なのだから、今回の事件の様な体質が、大分以外の他府県には無い(残っていない)と、どうして考えられるだろうか? だから、これを突けば突く程、相当数の不正が上がってくるのは避けられないと思う。逆に、全ての教育委員会でそうだとは思っていないが、もし、これ以上大して出てこなければ、教育委員会内で事実をもみ消してしまっていると考えてもいいかもしれない、とまで思ってしまう。

 この不正採用を知らずに教員になってしまっている人もいるだろう。実力だけで十分合格していた人もいるだろう。不正を知った上で教員になっている人もいるかもしれない。そして不正の有無にかかわらず、優秀な教員もいれば、問題行動を起こす教員もいるだろう。その一方で、正教員を目指しながら、現場で教えている講師も多くいる。教員になっている人全員がそうでない事は明らかだが、一部の不正の為に、教師に対する不信が世の中に広がってしまうのは、防がなければならないと思う。

 常勤・非常勤講師であろうと、正教員であろうと、教壇に立てば、先生としての責任のもと、まじめに生徒と向き合っていると思う。少なくとも自分は教える事に精一杯努力した。今回の件で、不正採用がはっきりした教員の採用を取り消されたとニュースで流れたが、既にほぼ1学期教えてきた先生である(どんな人かは知らないが)。そうせざるを得なかったのだろうが、学校の事を一番よく考えなければならない役職についている教育委員会の一部の人がしでかした事が元になっている。不合格者にとっても、既に再受験を目指しているか、諦めてどこかの会社に就職しているかもしれない。子供達にとってのみならず、現役教員を含め、教師を目指す人達にとっても、多大なる被害を与えた結果となったのではないだろうか? 複雑な気分だ。

 これはあくまでも個人的な見解なので、全ての教育委員会がそうだと言っているのではないが、ようやくこういった不正が暴露されたのだから、こんな体質は一日も早く改善される事を望む。不正関係者の処分とかいうが、例えば、採用試験を行なう為には特別な人件費もかかるし、全受験者も受験料を支払っているので、細かい事を言えば、県民や受験生が損害賠償を請求してもおかしくないのではないかと思うのだが、先ずは採用試験が正常に行なわれる様になっていってほしいと思う。そうした上で、“関係者の処分でこの件は終わり”等と安直な解決法を取るのではなく、根本的に不正を正していく事を望んでいる。

2008-07-05

2008/07/ 04 (金) 市川團十郎氏、再入院のニュース

 市川團十郎氏が治療の為、再入院したというニュースが流れた。この方の名前は自分も知っており、2006年に急性白血病(acute leukemia;AL)と分かり入院した折は、色んな人から、俳優の渡辺謙氏の名と共に、この人も白血病(leukemia)を克服して元気に舞台を踏まれているから、という励ましの言葉をよく聞いたものだった。

 ネットで調べると、團十郎氏は、2004年5月に急性前骨髄球性白血病(acute promyelocytic leukemia;APL:M3)で初発入院され、2005年8月に再発(recidivation)で再入院、自身の幹細胞(stem cells)を採取後、再注入する『末梢血幹細胞自家移植』という治療を受け、2006年2月に退院(discharge)されている。二度目の入院時の治療は、抗癌剤(anti-tumor agent)大量投与という、かなり過酷なものだったそうだが、舞台復帰後は、精力的に活動を続けられ、紫綬褒章も受賞されている。ただ、退院後も貧血(anemia)症状が良くならなかったそうである。

 その團十郎氏が、再入院されるというニュースが流れた。再発ではないが、改善しない貧血等の治療も兼ね、妹さんの骨髄移植(bone marrow transplantation;BMT)を受けるという。なんと……。

 貧血治療だけの為に骨髄移植をするとは、知らなかった。というか、今の自分の知識の中には無かったので、最初このニュースを聞いて、本当にそうなのだろうかと思ってしまった。骨髄移植という治療法を選択するとは、きっと相当深刻な貧血なのだろう。こういう書き方をすれば、ファンの方や、同病で闘病されている方々に叱責されるかもしれないが、自分としても、團十郎氏は、無事に白血病を克服された人として、多くの人に希望を与えてくれる人でもあるので、ご本人が再発ではないと言われているのだから、そうである事を願いたい気持ちで一杯である。

 自分の入院中、骨髄移植には、色々とリスク(risk)があり、年齢もその一つと説明を受けた事がある。当然例外は多々あるだろうが、一般に、50歳以上になってくると、体力的にもかなりリスクが高くなってくるので、骨髄移植という治療方法をとるかどうか、慎重になるという(移植成績が高齢になるにつれ落ちてくる)。年齢的にリスクの高くなった人の治療法を訊くと、移植よりは、抗癌剤による化学療法(chemotherapy)とか、確か『末梢血幹細胞移植(peripheral blood stem cell transplantation:PBSCT)』という方法をとったりすると聞いた様に思う。

 自分は何回(計8回を予定されていた)も繰り返される化学療法を無事乗り越えた時点では、まだ非常に体力もあったと思う(治療中盤からは、感染(infection)の危険が少ない時期は、病院の階段を使った階段昇降という自主リハビリ(rehabilitation)で、脚力の衰えを補う訓練もしていたし、先生からも体力維持について褒められる位であった)。そして骨髄移植の大変さも色々先生から説明があり、頭では必死に理解して、とにかく体力勝負だと感じ、無菌室(clean room)でも自主トレを頑張ろうと思ったが、実際は想像以上に過酷で、ひどく厳しいものがあった。移植に移る前に十分体力があった事も、移植後の経過が順調にいった要因のひとつだと自分では思っているが、体力は(自分が予想した以上に)徹底的に奪われた。それでも、多分私の場合は、退院までにリハビリ室に通う必要がなかったので、ダメージは他の(同じく移植を受けた)患者さんよりは、体力が残っていたのだろうと思う。更に余談になるが、退院(discharge)を言われた時の、自分の血液検査の値は、まだ全てが正常ではなく、その状態で退院する事になった。ヘモグロビン(hemoglobin;HGB)を例にとるなら、正常値の下限に何とか達する様になるのには、しばし時間がかかった。ヘモグロビンの値だけ見るのなら貧血状態が続いていた事になる。そして、やっと基準値範囲に入ってきた現在も、貧血を起こす事が、この病気になってからは多い気がする。

 白血病細胞(leukemia cell)が見つからなくなった事を“治癒(recovery)”したとは言わず、“寛解(remission)”という表現をする。入院(hospitalization)した時に紹介された本には、一般にその寛解の目安は、白血病細胞が5%未満になった時(顕微鏡で見て調べるレベルの事)と書いてあった。自分の場合、初発入院後の最初の化学療法コースが終わった時点で、5%未満になっていたので、私は単純に「寛解だー!」喜んでいたが、先生方からはその様な雰囲気が感じられず、2回目の化学療法で、ようやく“一応、寛解”のお言葉を頂いた。その時、何故、前回は寛解と明言して貰えなかったかを訊いてみると、現在では分子レベルで白血病細胞を検出する検査が出来、当病院では、顕微鏡レベル(5%未満)の寛解ではなく、もっと厳しい分子レベルの検査でも検出出来ないレベル(0.01%未満)を目指している(それでも検出されなくなった時に寛解と評価している)と教えて貰ったのを覚えている。分子レベルの検査とは、即ち、顕微鏡で発見出来るレベルよりも更に100倍以上精密なレベルだそうだ。化学療法2回目終了時点で、確か私は0.01%白血病細胞が検出されていたので、“一応”という言葉が付いたのだと、今では理解出来る。

 しかし、そんなこんなを思い出すと、どうしても、61歳になられた團十郎氏が移植を受けるという話を聞くと、非常に大変な事だと心配してしまうのである。

 團十郎氏が、再発したのではないと信じたいが、ある意味、寛解は5%未満なら寛解状態と言えるので、応援している人に心配かけない様に、『再発』とは言わなかったのではないだろうかと、勝手に深く考えてしまうのである(或いは、もし再発の兆しが万が一でもあったとしても、團十郎氏の行かれている病院の寛解の基準は5%未満と設定されているのかもしれない)。更に團十郎氏は「こんなに元気な顔をしているでしょう? 再発で入院するのではないですよ」という様な事を言われているのをTVで見た。とても還暦を過ぎたとは思えない位の凛々しさである。この様子を見ると大変心強い印象を受ける。團十郎氏がどの様な移植を受けるかは知らないが、最近では『ミニ移植』というものも存在し、こちらは勉強不足でよく知らないが、フルでの骨髄移植より体にかかる負担が軽いらしい。いずれにせよ、移植自体は大変な治療なので、無事移植を乗り越え、また舞台へ戻って来られる日が一日でも早く訪れる事を、彼を応援する全国の多くの人と共に祈りたいと思う。そして、通常ならば骨髄提供者としての適応年齢を超えておられる、妹さん、肉親だからこそ提供に踏みきられたのだろう。提供する側(ドナー:donor)の体にかかる負担も大変なものがあると思うので、妹さんのご健康もお祈りしたいと思う。

※関連記事:『2008/10/19 (日) 団十郎氏 退院のニュース』

2008-07-03

2008/06/30 (月)通院記録 移植600日

 この4週間の体調は、相変わらずで、のど・頸・腰・手足の指の関節が痛く、時に肘・肩・背中の痛みや筋肉痛(myalgia)、こむら返り(twist、leg cramp)や脚のつりもしばしば起こる。前回から記録開始した嚥下(deglutition)時の違和感は、ほぼ1日に1回は感じる事があり、時々右耳がボーッとする事も相変わらず。血圧(blood pressure)は今回ネオーラル(Neoral)を再開して以降、副作用(side effect)で以前の様に高くなるかと思ったが、今回はそういう傾向は無く、こちらも相変わらず低い(高い方が80前後、高くても90未満、低い方が55~60位)。脈も55からせいぜい60位、体温(body temperature)も35.7~35.9度の時が多い。手持ちの酸化マグネシウム(magnesium oxide)が少なくなってきて、飲まない日が多くなってきたが、便秘(constipation;obstipation)傾向になってきた気がする。全般にだるいのも相変わらずで、毎回同じ事を報告するのが申し訳なくなってくる。

 入院中もそうだったが、会う人にとっては、私の見た目は“元気そう”に見えるらしく、「元気」である事を喜んでくれるので、今は、それをわざわざ否定するのも辛く、基本、「ありがとう、おかげさまで」と、お礼を言う様に心がけている。現に重症ではなく、無事に生活しているのだから、心配してくれている人に、本当の事を言ってもこの痛みがなくなるわけでなし、却って心配かけてしまっては申し訳ない。元気に見えるのは病気に勝っている証拠であろうし、とても幸せな事なので、出来るだけ言わない様に心がけている。が、実際は、だるくしんどい日が多くて、ぼやきたくなる事もある。

 それでも自分の場合は、きっと、だるさのレベルが低く、いい方なのだとも思っているのだが、《痛い・だるい・しんどい等は、人(第3者)に理解して貰えず(見た目にもそう見えない事が多いらしい)、それも辛い要因の一つになる》、という話を色々と聞いてきた事があり、今はそれを我が身でひしひしと感じている。また、長くこの病気に付きあう事になって、それなりに知識も増えてくると、このだるさ等は、どうやら薬のせいではなく、自分の場合、移植(transplantation)が原因の様だと感じる(わかってきた)ので、一体、あとどれ位、このだるさと付き合わなければならないのか、克服出来る(いずれこのだるさが無くなる)日が来るのかすら分からないのが、もどかしい。

 医学的知識も豊富で、若い頃から自らも大病を経験してきた母ならば、少し話しただけで全ての状況を理解してくれただろうし、経験者としてアドヴァイスも得られただろうし、何よりも、たとえ痛みが減らなくても、話の本質を理解して貰える人がいるという事だけで、凄い心の支えになったと思うのだが、母は先に逝ってしまった。逆に今の自分なら、母が晩年、訴えていた痛さやだるさ(やるせない程だるいとよく言っていた)も、きっと前よりももっと理解してあげる事が出来ただろうと思う。

  私はずっと母の症状や様子を間近で見てきたので、他の人よりは理解していた方だと思っているが、母の話を聞いて、痛いと言っている背中や脚をさすってあげる事しか出来なかった。そして母は“ありがとう、楽になった”、“疲れただろうからもういい”と気を遣って、中断させられる事が多かった。それでも喜んでくれている様だったので、帰るといつもそうしていた。私も雑談に始まり、体調不良等の相談もしていた。病気について本当の事を話せ、かつ真の意味で理解してくれる人は、なかなかいないものである。万事、そういったものなのだろう。(と、つい、またぼやいてしまう。気を付けねば。。。)

 さて、今回の血液検査項目も、ほぼ順調で異常なしと言われた。アミラーゼ(amylase:AMY)だけ、また少し、前回より高くなっていたが、先生は何もおっしゃらないので、私の場合、これ位(の上昇)は心配ないですかと訊くと、私の場合、アミラーゼアイソザイムの検査で唾液由来(比率が正常)だったので、心配要らない程度の上昇、との事(アイソザイムについての詳細は『2008/02/27 (水) アミラーゼの検査結果』の項参照)。会社等の健診なら、間違いなく再検査を仰せつかるだろうが……。まあ、病気によって、あるいはその時の症状によって、今何を一番注意してみるべきなのか、の基準が違ってくるのだろう。経験を積んだ先生なので、そう言って貰えると、そういうものなのだと、安心する。※あくまでも私の場合はそう言われただけなので、一般の方は基準値を指標にして貰いたい。

 ここ数回ずっと、肝機能(liver function)検査の値は、年末年始の値が夢だったのではないかと思われる位、非常に正常値ど真ん中である。先生は飲酒の許可は出して下さらないので、『時々自主解禁』することを宣言して、ごくたまに飲んだりしたのだが、この値を見ると嬉しくて、「もう毎晩晩酌をしてもいいですかね?!」等と、つい言ってしまい、先生を困らせてしまう。そして免疫抑制剤(immunosuppressant)のネオーラルは、現状維持(25mg/日)のままでいく事になる。もちろん、万が一、ネオーラル中止を言われたら、去年の事もあるので、もう少し25mgを続けて貰う様にお願いするつもりであったが……。そして、痛み止めのロキソニン(Loxonin)を増やして貰えないかを毎度の如く、訊いてみるが、こちらは1日2錠までと、あっさり変更無し。ただ、肝臓を守る為にと処方されていたウルソ(Urso)錠は、もはや必要ないだろうからと、こちらは終了となった。

 主治医のKB先生は、PC画面でカルテを調べながら「移植して何日位になるのかなぁ」と言われたので、「今日で丁度移植600日になります」と私も手帳を見ながら答えると、「移植丸2年になる11月には、薬を全て終わらせたいですね」と言われた。だる痛は続いてはいるが、今度こそ、そうなる可能性が高くなってきた気がする。

 入院中もそうだったが、先生には色んな質問をしてきた。分からない事や疑問に思う事はすぐに訊いてみた。今は通院なので、入院中みたいにほぼ毎日顔を合わせる事もないので、訊きたい時に訊く事は出来ない。また診察が混んでいると、全部聞かずに、次回にする事もある。母がいない今、専門的な事を訊けるのは、先生だけなので、つい欲張って訊いてしまう。ありがとうございます、そして今後も宜しくお願い致します、と心の中でつぶやく。

【血液検査の結果】6/30:
WBC(白血球数) 4.1、HGB(ヘモグロビン) 11.4、PLT(血小板数) 180、
GOT(AST) 25、GPT(ALT) 12、γ-GTP 25、LDH 222、AMY 154(高い)

2008-06-28

2008/06/27 (金) 搭乗制限

 先日、本当に久しぶりの飛行機に乗っての旅行をしたが、前回乗った時には無かった色々な制限が搭乗時にあった。ペットボトル等の飲み物の持ち込み禁止(空港内で買ったもので、一部持ち込み可能のものがあるらしい)、携帯の電源を切る、デジタルカメラも使用しない等など。前回、飛行機に乗った時には携帯など持ってはおらず、まさかこんな勢いで携帯が普及するとは当時、想像だにしていなかったが、今は自分も当たり前の様に携帯している。

 さて、今回、往きの搭乗時では、事前に預ける荷物は無く、手荷物検査と身体だけであった。ところが、鍵束に付けていた、昔、母と旅行した、イスラエルの聖地、ガリラヤ湖畔の道端の露天で買った、魚型の小さなナイフが検査に引っ掛かった。ガリラヤ湖地方でお魚型のお土産は、聖書の話にちなんで、俗に『ペトロ・フィッシュ』といい、私が購入したものはナイフ機能が付いたもの(折り畳みナイフ)だった。神父さまは、「旅先で果物を買った時や、ちょっとした時等に、とても便利、お土産にも小さく軽くてお勧め、ワタシ、いつも買ってます」とこれだけはとても推薦されておられたので、以来お守り代わりに長年ずっと自分の鍵束に付いていた。

 手荷物と身体検査で、ゲートをくぐる前に、検査用のトレーの中に、持ち込むカバンと共に、鍵束をズボンから外した時、その鍵束の中にあるペトロ・フィッシュの事を思い出し、しまった、と思ったが、取り敢えず、自身も検査ゲートをくぐった。ピーっとなってしまい、ドキッとしたが、そういえば、ズボンに付けているベルトのバックルでいつも引っ掛かっていた事を思い出し、ベルトを外し、もう一度ゲートをくぐり直し、身体検査は無事通過した。

 秋葉原で悲惨な事件があった直後でもあり、確か、刃渡り5cm以上のナイフの所持も規制しようというニュースを聞いてはいたが、自分が鍵束に付けたまま持ってきてしまったペトロ・フィッシュは、折り畳み式の、刃の長さも5cmにも満たない小さなものではあった。

 そこで、一体どうなるか、検査装置を通過する荷物を待ちながら見ていると、検査員の方が、「すみませんが、この鍵束の中の、これを見て……、開いてみていいですか?」と、例のお魚を指さしながら言われる。「どうぞ。気を付けて下さいね、開けるの…」と言うと、検査員は開き難そうにごそごそしながら、「鍵の持ち込みは全然構わないのですがね…、これが刃物なら、ちょっと…」と説明されながら、その小さな魚に折りたたまれた刃の部分を確認された。「これは、持ち込み禁止です」と言われ、没収なのかどうかを聞くと、「本人の意思で、ここで廃棄される場合は、この箱の中へ棄てて行って下さい。そうしない場合は、到着地で引き取るか、戻られた時に、この空港で引き取る、という2通りの方法があります」と説明された。大切なものなので、到着地で受け取る旨を伝えると、名前を書かされ、ペトロ・フィッシュは茶色の大きな封筒に入れられた。「この封筒が荷物受取場に出てくるのでそこで引き取り、中身を取り出した後、出口の受付で封筒を返却する」という手順を教えて貰い、控えの小さな券を渡してくれた。帰りは機内に持ち込む手荷物ではなく、預ける荷物の中に入れておけばいいかを訊いてみると、それならばOKだという事が分かった。思い出深い大切なお守りだったので、没収されずに済んで、ほっとした。

 そして、帰りのフライトでは初めからこのナイフを預ける荷物に入れておいたのだが、そこの検査員に、今度は、「ライターかマッチは入っていないですか?」と訊かれた。ライターの持ち込みは駄目になったとニュースで聞いた事がある様な気がしていたので、はじめから持ってきてはいなかったが、肩に掛けているカバンの中と、確か、預ける荷物の中にも一つあった様な気がする。昔はマッチ棒を集める趣味があったので、未だに飲食店に入ると、つい、マッチ箱を貰ってきてしまう癖がある。しかし、北の地用の厚手の服やお土産等、そこそこ一杯詰めた荷物の奥(カバンの底)の方に入れた様な気がして、探し出すのは大変、という考えが頭をよぎり、「あったかもしれない…」、等とぼそぼそ言うと、ここで荷物を開いて探して下さい、と言われた。

  折しも、とんでもない事件が発生した直後であり、また洞爺湖サミットを直前に控えている事もあり、検査も厳しくなっているらしい。私はカバンのチャックを開け、空港で買って、先ほど丁寧に詰め込んだばかりのお土産等を上からいくつか取り出して、マッチ箱を探し始めた。ラッキーな事に、マッチを放りこんでいる可能性のある小袋がすぐに見えたので、引っ張り出し、その中を見ると、一箱出てきた。検査員に、往きで小型のナイフが引っ掛かったので、預けるカバンの中に入れたのに、マッチ類は没収ですか、と訊いてみると、「マッチやライターは1箱、あるいは1個なら持ち込み可能で、あとは駄目なんです」と説明して下さった。1箱という言葉を聞いたので、私は「確か持ち込み用のカバンの中にも……」といって、「箱入りではないのですが…」といいつつ、2つに折り曲げた紙にサンドしたタイプのマッチを探して出して、検査員に見せた。どちらかを棄てて行くのか、それともここにあるマッチ箱に、もう一つのマッチの軸だけを移して一箱にまとめたら、それでいいのかと訊くと、合計1箱になるのなら、それで構わないらしい。融通が効くというかなんというか、複雑な感じ……。てっきり、火の気のものは危ないので機内には持ち込めないと思い込んでいたのだが、ライターやマッチ等、1個だけなら持ち込め、刃物は持ち込み禁止……そして預ける荷物の中には、ライターやマッチを入れるのは厳禁と聞いて、「ややこしーー」、とは思ったが、危機管理というものは難しいものなのだな、と改めて感心した次第である。

2008-05-10

2008/05/10(土) ジェネリック医薬品について

 最近ジェネリック(generic) 医薬品とかいう言葉がCM等でも良く聞かれる様になった。効き目・成分は同じだが、値段が安いとかいう、要するに正規薬(オリジナル薬)のコピー商品(薬)だと自分の中では理解しているが、自分としては『ジェネリック医薬品は極力使いたくない(飲みたくない)派』である。

 普通に“generic”を辞書で引くと、『商標登録されていない』という意味等が出てくるが、ここでいうジェネリックとは、新しく作られた薬の特許期間終了後に、それをまねて製造・販売される、化学的には同一成分の医薬品の事で、俗にゾロ製品ともいうそうである(聞いた事ないけど…)。オリジナルの薬よりも安価である事が多いので、ジェネリックにすると薬代が安くなる。その一方で、いくら、有効成分・含量が全く同じであっても、製剤上の違い等から、生体内での吸収・代謝(metabolism)の動態が微妙に異なる事も多くあるそうで、安易にジェネリックに変更すべきではないとする意見もあるという。
※080530追記:例えば、『バクタ錠(Baktar)』と『バクトラミン錠 (Bactramin)』は有効成分の含量は同じだが、その薬の添加物(錠剤の形にする為の成分等だと思う)は両者で違っている。錠剤1個に含まれる添加物の量は、有効成分と比べると大きな割合を占めている。製剤方法も当然違っているだろう。添加物一つを見てもこうなのだから、いくら有効成分が同じだと言っても、作用が異なる可能性は、十分考えられると思う。

 さて前回、自分は『ジェネリック医薬品は嫌だ派(即ち、正規薬派)』と書いたが、これは母からの影響もある。当然母も正規薬派である。こんな事があった。

 ビタミン剤に【アリナミン F(Alinamin F)】というのがあるが、これのジェネリック版に【アリ▽△ン】という非常によく似た名前のビタミン剤がある(そう母から聞いたので、ジェネリックだと信じているが、もし違っていたら失礼)。疲れた時等に飲むと良く効くと、母が時々自分の貰っている薬から余った(飲まずに残った)分を私にもわけてくれていたが、アリナミンの方が値段が高いのでと言って、アリ▽△ンをくれる方が多かった。その時、母は「成分は同じと言うけど、アリナミンの方が効く様なので、アリナミンをお願いしても、往診に来て下さる先生の病院ではアリ▽△ンしか処方してくれへん」と言って、アリナミンの方は昔からのかかりつけのお医者さんに処方(prescription)して貰っていた。私はせっかくただで母から貰ったビタミン剤なので、それまではサプリメント(supplement:栄養補助食品)等飲む習慣はなかったが、腰を痛めてからは鎮痛薬(analgesic)の他に、アリナミン又はアリ▽△ンも1日1錠飲む様になっていた。

 ある時、体中とても疲れてしんどいと母に言った事があった。すると、「だまされたと思って、アリナミンを3錠飲んでごらん」と言われ、アリナミンの方だと念を押された。飲み方も、3回に分けるのではなく、1回に3錠飲めという。1日3錠位飲んでも大丈夫なのだが、そもそもビタミン(vitamin)は飲み貯めが出来ず、必要量より多く取っても余分なビタミンは体外に排出されるという話をこの時初めて教えて貰った。そういう仕組みなのに、何故か過剰摂取すると、疲れが取れるという。つまり母曰く、過剰投与によるショック療法(shock therapy)だそうだ。

 だまされたと思って3錠飲んでみたが、2、3時間経っていただろうか? 炊事でもしていたのだと思う。いつの間にか体が非常に軽快になっているのに気が付いた。そう、疲れが取れて楽になっているのだ。ビックリしてすぐに興奮気味に2階の母に報告しに行くと、「そうでしょ」と満足気。

 もう一つ、これに関連した話がある。それは家まで母の往診に来て下さっている先生から聞いた話だそうだが、「先生の患者さんの中で、このショック療法を知っている人がいるらしい」と母が言う。その患者さんは(多分在宅で)かなり具合の悪い人だそうだが、先生が勧める色んな点滴を断る(必要無しという)のに、時々、ビタミン剤の点滴を先生にお願いするそうだ。詳しい事は忘れてしまったが、多分アリナミンの類のビタミン剤を通常濃度の3倍か10倍か、とにかく母も驚く位の濃さで点滴の注文をするという。自分が体験して驚いたアリナミン3錠に含まれる量と比較にならない位の大量投与である。すると、その患者さんはしばらくは元気になるそうなのである。

 当時私は早速、職場で非常に疲れた時に、ビタミン剤のショック療法試してみた事があった。その時は手元にアリ▽△ンしかなかったので、それを3錠飲んでみたのだが、あの時の様な疲労回復が見られなかった。早速母にそれを報告すると、母は「そうやろうな」という。いくら成分が同じと言っても、作り方が違うと、必ずしも同じ効き目になるとは限らないと、今回ジェネリックについて調べた辞書での説明と同じ様な事を話してくれた。

 製薬会社が苦労して研究開発して作った薬の特許が切れると、同一成分で同様の薬(ジェネリック)が出現する。製薬会社が1つの新薬を作るのには莫大な資金が要るし、薬が出来たとしても副作用等の調査もクリアしなければなかなか市場に送り出す事が出来ない(更に発売後深刻な副作用等が報告され使用出来なくなる場合もある)のに対し、ジェネリック(後発薬)の方は比較的簡単に出てくる(と思う)。ジェネリックでも世に出て数年経っても良好な結果を得ているものであれば、ある程度安心出来るかもしれないが、果たしてジェネリック医薬品のうちどれ位が、正規薬と同じ効能を発揮するかは疑問である、といった感じの事等、母は製薬会社に勤めていた経験上、思う所が随分と多い様であった(『いい加減な事をして薬を作って出している所も無きにしも非ず(なきにしもあらず)……』といった感じの事を話してくれたのを覚えている)。

 ごくありふれたビタミン剤で、その大きな違いを体験した私は、それを聞いて、すっかりアリナミン信者になってしまった。もちろん、この時以来『正規薬派』になってしまったのは言うまでもない(別にその当時は色んな薬にお世話になっていた訳ではないのだが…)。そして、それ以降アリ▽△ンの事を「あー、(アリナミンに似た)【バッタミン】の方ね」等と冷やかしていって、母とニヤニヤとしあう様になったものだった。それでもビタミン剤であるのには変わりないから、普段はお安いバッタミンの方を、そして母から教えて貰ったショック療法(我々は『アリナミン・ショック』と名付けていた)をしたい(即ち、どうしようもなく疲れた)時は、必ずアリナミンという風に使い分ける様になった。

 ところで現在は、入院以降、ケモ(化学療法:chemotherapy)や、治療の為の飲み薬を多数処方された為、アリナミン等のビタミン剤は飲んでいないし、退院後も(その時点ではまだ原因不明だった) 肝機能(liver function)の値が安定しなかった為、先生の診断に雑音が入ってはいけないと思い、(自主的に)飲まない様にしている。でも、もうそろそろいいかな…? と考えている。
※ネットで調べてみたところ、アリナミンはビタミンB1欠乏症の予防や治療に服用し、私が飲んだアリナミンF (25mg)糖衣錠ならば、通常1~4錠を1~3回に分けて服用するが、必要(効果・効き目)もないのに漫然と飲み続ける事は避ける様にとある。また頻度は非常に少ない様だが、副作用(side effect)に胸やけや下痢等が起こる事があるそうだ。ビタミン剤といっても薬は薬なので、これを読んだ方は、無闇に真似等されず、ちゃんと説明書(処方)に従って服用願いたい。あるいは主治医に相談して頂きたいと思う。

  もう一つ、CMに『例えばどんな薬…、だけでなく、どこの薬か…、考えた事がありますか…』というのがある。控え目なCMなので、最初、気が付かなかったが、これはジェネリック医薬品を宣伝するCMに対抗するCMである様だ(多分そうだと思うのだが…)。はっきりと言葉にして言っていないが、暗に、ジェネリックではなく先発薬(新薬;正規薬、要するにオリジナル)を選びませんかと、婉曲に言っている様に思われる。自分も原則、先発薬に重きを置いているのには変わりない。どんなクスリ(薬)にもリスク(risk)は付き物だろうが、同じリスクがあるとしたら、それら(薬効や副作用について)のデータ数も当然多いであろう先発薬(オリジナル)の方が、後発薬(ジェネリック)よりも安心度(の確率)は高いと私は思っている。その一方で、正規薬の中には想像以上に非常に高価なものもあるのを知り、ジェネリックにしたい気持ちもわからないではないなぁ、と思ってしまうのも事実である。しかし、極端に値段が変わらないのなら、そして自分で薬を選べるのなら、今後も迷わず、先発薬(オリジナル)の方を選びたいと思っている。

2008-05-04

2008/05/04(日) 薔薇が咲いた2

 もう一つ薔薇を。これは父がある晩、どこか馴染みバーへ寄った帰りにママさんから鉢植えで貰って帰ってきた紫のバラだ。父はほろ酔いで、「青薔薇だ」と言ってとてもご機嫌であったのを覚えている。以来、我が家の植物の仲間入りをしていたが、このバラも何故か去年は1輪も咲いてくれなかった。

 今年は1輪、写真の様に咲いてくれた。赤バラの方は、葉っぱに至るまで非常に鋭く痛い棘(とげ)が大小びっしりと出ているのだが、このバラは紫のバラ(青薔薇はバラ作りの人の永遠の夢らしく、現存しない、せいぜい紫どまりの筈である)という位だから、何度も品種改良を経ているのだろう、赤バラと違って、棘が非常に少なく、まばらにある棘もさほど痛くない。温室育ちだと棘も少なくなるのだろうか? 

 ちなみに、余りに薔薇の棘が痛く、1輪挿しにするにも扱いが大変なので、今年のバラは毎日成長を観察していた事もあり、棘が生えてくる度に茎から取ってしまう(生え始めの棘は柔らかいので痛くない)、という事をこまめにしてみた結果、棘無しになって、咲いている。

2008/05/04(日) 薔薇が咲いた……

♪バラが咲いた、バラが咲いた、真っ赤なバラが……♪

 私が幼い頃からS学院の家にあった薔薇が咲いた。実に綺麗で美しい。このバラ、春一番に咲く時は、どす黒い程の濃い(黒い)紅色で、その後に再度咲くバラは明るい赤色になっていた。私はその春先の濃いバラが好きで、いつもその一番咲きを心待ちしていたものだった。

  ここ(ベランダ)へ連れてきたバラはひと冬無事に過ごし、蕾も一杯付け始め、ついに開花の時期を迎えた。しかし、一番咲きのバラはどうした訳か、2度目以降の明るい赤色だ。それでも、去年は何故かとうとう1輪も花を咲かせなかったバラが咲いて、嬉しい。

2008-05-03

2008/05/03 (祝) 血液培養について

 入院中、急に38度を超える発熱(pyrexia、fever)があると、ナースが慌ただしく動き出し、すぐに先生が採血に来られる。毎回このパターンだったので、この緊急採血はナースに任せられない、先生の役目らしいとそのうち理解した。それも、朝の定期的な採血と違って、血液培養の為に必要と言って、たっぷりと(確か)2本も、専用の大きな瓶に採られるのである。そして、即座に抗生剤(antibiotic)等の点滴が追加され、その中には6時間おきに点滴するものもあるので、例えばせっかく治療の点滴から解放されていても、一旦抗生剤点滴が始められてしまうと、その時間には病室にいなければならないので、余分なストレス材料が増えて、嫌なものであった。また、抗生剤が効かず(合わず)、通常の血液検査で調べているCRP(C-反応性蛋白、炎症反応を見る:C-reactive protein)値が全然下がらない時は、抗生剤の種類が途中で変更されたりする事もあった。

 こんな感じで、いつも即座に抗生剤等の点滴を開始しているのに、すぐに結果が出ない血液培養(ナース達は『血培(けつばい)』と短縮して呼んでいる)を何故するのだろう、培養(culture)というのに何故こんなに血液を一杯採られるのだろう(培養なら血液も少しで十分じゃないのか)と、不思議に思っていた。そして、自分の場合、大抵数日後に、何も検出されなかった等と言われていたと思うが、それでも一旦、抗生剤の点滴が開始されると、ある一定期間は点滴を続けなければならなかった。

 これに対する回答にあたる内容が、ある医学新聞に出ていた。これは血培の検査基準というか、ガイドラインの事とかが書かれた記事である。

 まず、血液培養は、菌血症(bacteriemia、bacteremia、bacteraemia)の正しい診断の為に必要で、それによって血液内の菌(bacteria)が何かを調べて適切な治療を行なうものだそうだ。この血培から菌を検出する為に最も重要なポイントは、血液量で、多ければ多いほど菌の検出率が高くなる、とあった。ここで初めて、自分の勘違いに気が付いた。つまり、血培という言葉だけのイメージから、血液を培養するのだと思い込んでいたが、血液の中にいるだろう菌(発熱を引き起こす原因になった菌)を培養して増やし、それが何かを調べる検査だったのだ(…だと思う…)。つまり、血液量は血培の検出感度を最大化する為の唯一、かつ最大の重要要素で、2セットの血液合計量は少なくとも20ml、出来れば40ml欲しいだそうだ。

 次は、何故、何本も採血するのかという点だが、これは皮膚に常に存在する菌等が採血時に間違って血液培養の血液に混じってしまう危険性がある為、もし培養結果が陽性と出ても、1ヶ所から採血しただけの結果では、間違って混入してしまった菌なのか、本当に血液内にいた菌なのか分からない。その誤判断を避ける為にも別々の部位(出来れば3か所)から採血して、調べる必要があるのだそうだ。

 それから、血液内の菌とか微生物は、発熱後、時間が経つほど検出率が低下するのだそうだ。菌血症には3タイプあり、「一過性の菌血症」(一般に15-30分以内に解消される)、「持続性の菌血症」(これは常に菌が流入する為比較的発見され易い)、そして病院で最も良く扱うのが3つ目の「間欠性の菌血症」で、血液に予測不能な菌の流入があるらしい。これも15-30分以内に菌の排除があるというから、体温が上昇し始めてから1時間や2時間も経っていては検出率も落ちてしまうという事だ。体温が38度以上になってから血培というは遅いとも書いてあった(ただ病院のシステム上、38度以上と規定している所が多いらしい)。発熱したとわかったら間髪入れずに先生が採血に来られる理由は、この事から理解出来た。

 私は幸いにも、急な発熱から重篤になる事はなかったので、何故先生達は大騒ぎするのかと漠然と見ていた記憶があるが、場合によっては命にかかわる事もあるという。死亡リスクに関しては、先ずは総合的な諸症状等から判断して初期治療(点滴等)を実施し、次に血液培養の結果に基づいて、もし初期治療の種類が不適切と判明すれば、そこで適切な治療に変更するだけで、死亡率がグッと減るのだそうだ。その新聞に出ていたグラフを見ても、初期治療の判断が実は不適切であるのに、それに気がつかない(血培も行なわない)場合は、死亡リスクが約2倍以上に増えていた。

 あと、採血の至適タイミングという所に書かれていた事を参考までに転記しておく。
・ 血培の採血は悪寒(chill)や発熱が認められたら出来るだけ早期に行なう事。決して遅れない事(発熱後の時間経過が長い程、微生物検出率が低下する)。
・ 血培は5分以内の間隔で採取すべき。細網内皮系により一過性及び間欠性の菌血症の状態は15-30分で処理される。
参考:CLSI (Clinical and Laboratory Standards Institute)


  入院中は血を採られ続ける事にうんざりしていて、発熱しても血を採られる事にかなりストレス(stress)を感じていたが、全てにちゃんと理由があって、患者を守ってくれていたんだと、改めて感謝である(とはいえ、再度同じ状況に遭遇して血を採られる事になったら、きっとストレスを感じるだろうなとも思う)。

今回再認識した事は、たかが発熱と侮るなかれ、であるか。

2008-05-01

2008/05/01(木) アイスで当たりました

 もともとアイスクリームが好きだったが、大きくなってからは、時々食べる程度だった。しかし、入院中の食事制限や味覚(taste sense)異常の経験も経て、退院後は食べられる時に食べておこうという気持ちが働いて、ついつい色々と買う様になった。引っ越してからは1階がコンビニである事もあり、こまめに買って、時には1日に1個の割合で、毎日食べている日もある。

 退院後、体重が減り出した事があり、その時、大好物のアイスクリームなら乳製品で吸収率もいいし、栄養補給にもなると考えて、食べ始めたら久々に止まらなくなってしまった。

 しかし、こんな頻繁に食べるのって、小学生以来かもしれない。あの頃はよく当たり付きのアイスを買っていたが、比較的良く当たっていたと思う。一番の記憶は、当たりバーを持って行って交換したら、それがまた当たりで、それを交換したのも当たりだった時がある。引っ越しの時、交換し忘れた昔々のアイスの当たりバーが1~2本出てきたっけ。。。また、当たり付きのアイスの種類により『あたり』の刻印が違った様に思うが、ある時、『あたり』と刻印されているバーの裏面にも何か書いてあるアイスに出合った時は、かなり新鮮に驚いて得した気分になったものだった。

  さて、最近の牛乳値上げのあおりか、アイスにも値上げの波が押し寄せている。当たり付きのアイスも時々買っていたが、少しだけ買う頻度が多くなったか。それでも当たった事がないので、昔ほど当たりバーの数は入れていないのかな、等と思っていたら…、当たりました☆ 『○□△ 1本あたり』と刻印されているバーが徐々に見え始め、そして裏面にも刻印が。。。『買ったお店で交換してください』と。

 当たり付きアイスのファンにとっては、このドキドキ感も楽しみの一つである。

2008-04-27

2008/04/27 (日) 牡丹咲く

 ずっと昔の事、とある日曜日、長谷寺へ牡丹を見に行くぞ、と父の鶴の一声で両親、中の姉と車で出発。大渋滞に巻き込まれつつ、やっと到着した長谷寺でいっぱいの牡丹の花を見学して回った後は、牡丹の株をいくつか買って帰った、そんな記憶がある。

 S学院の庭には毎年今頃、その時購入した牡丹が咲き誇り、近所でも名物になっていた我が家の白藤と紫藤の開花と相まって、庭を豪勢に賑わしていた。その牡丹もいつの間にか、一本だけに減ってしまっていたが、引っ越しの時それを持ってきていた。自生していた時には気がつかなかったが、鉢植えにして世話していると、開花に合わせて、このお花は非常にお水を要求する花だと知った。

 それまでは週に一回だけの水やりで十分だったが、蕾が膨らみ始めてからは、3日も経つと鉢土がまだ湿っているのに急に葉っぱや花びらがしおれてくる。それで一昨日も慌てて水やりしたら、きれいに咲いてくれた。と言っても、また水が少なくなっているのか、葉っぱと2つ目の蕾がしおれかけていたので、またまた水をあげた。庭に自生していた時に比べ少し花の大きさが小さい気がするが、これから大きくなるのだろう。

  参考までに、経験上、牡丹は開花したらすぐに切り花にして、壺に活けておいてあげると、木に咲かせたままにするよりはずっと長持ちするし、日に日に大輪の花になっていくのが楽しめて、おすすめである。

2008-04-22

2008/04/21 (月) 通院記録 

 この4週間の主な体調は、毎朝脚が攣り、こむら返り(twist、leg cramp)もしばしば起こる。腰痛(lumbago;backache)、頸痛(neck pain)、肩関節痛、指、手首の関節痛(arthralgia)、背中がだるい等。脚を曲げてかがむ事は再び、余りきつい痛みも無く出来る様になってきた。この2週間程、体が軽く感じる日が出てきた。全般にいい感じである。

 さて、採血約1時間後、呼び出し音が鳴り、診察室へ入ると、先生が「どうですか、体調は?」といきなり聞かれた。(毎回訊かれている事なのだが、何かちょっといつもと違ったので)あれっ、と思いつつ、いつもの様に、こまごました体調や諸症状を述べ、4月に入ってから、おおむね調子が良いです、と話すと、「そうですか…」となんだか下がり調子(??) で言いつつ血液検査の結果をプリントアウトされる。そして、「これを見せたくないですねぇ…」と歯切れの悪い言葉が出てくる。えっ、まさか値が悪くなったのか?!と思ったのもつかの間、なんのなんの、肝機能(liver function)の値はきれいに正常になっているではないか! 厳密に言うと、γ-GTPのみ基準値より1だけ高かっただけである。あれっ? なんで…?!

 なんの事はない、先生は、私がこの値を見たら、お酒解禁! と言い出すのを見越して、「いやぁ、困った」といった事を言われたのである(お互いに何となく苦笑)。すかさず、「前回宣言した通り、3月末に2日間(3/30&31)、好きなだけお酒を飲んだんですよ」と報告すると、先生も「お酒を飲んだから(肝機能が)改善したと言われたいんですねー」と返された――私が以前、「毎日お酒を与えて働かせ続けていた肝臓なのだから、アルコールを与えてあげた方が、肝臓が慌てて働きだして、肝機能の値も良くなるんじゃないか」という話をしている。アミラーゼ(amylase:AMY)がまだ高いと言っても、こちらも下がり傾向である。「解禁ですか?」と訊くと、「いや、まだ免疫抑制剤(immunosuppressant)を飲んでいますからね」(要するにまだダメという事)とKB先生。

 以前にも書いたかと思うが、KB先生は、免疫抑制剤のネオーラル(Neoral)服用中は飲酒禁止というお考えだ、お医者さんによっては、飲酒(あくまでも適切な量の飲酒を前提としていると思うが)は問題無いという立場の先生もおられる。実は、今回の肝機能の値が改善し始める前から、『お酒ちょっとだけ再開許可願い』を通院の度にしていたが、先生はどうしても首を縦に振って下さらなかった。

 思えば、去年10月初めにネオーラルが半量の1錠(25mg)になったのを機に、時々お酒を飲む様になった(その時は、少しならOKと先生からの許可を得ていた)。そして引っ越し直前の10月末に、先生が、K都を離れて引っ越す私の感染症のリスクを減らす意味も込めて、免疫抑制剤を含め毎日飲んでいた薬の殆んどを終了にして下さったので、もう再開してもいいでしょうと、引っ越し荷物の片付けの合間に缶ビール等を飲んで、疲れ等を癒していた。そして久々に自由にお酒が飲めるという事に小さな幸せを感じていた。ところが引っ越して間もなく、体調に異変が生じ、血液検査の結果は肝機能異常の再燃(recrudescence)であった。そして私は当然の如く、アルコール禁止を言い渡されてしまったのだった(私はお酒が原因ではないと主張したのだが…)。結局、11月から始まった肝機能異常は飲酒再開のせいではなく、急に免疫抑制剤を切った(ゼロにした)のが原因の、肝臓に起こったGVHD(移植片対宿主病;graft-versus-host disease)だと分かったのだが、その治療の為、年末に免疫抑制剤を再開した為、それこそ、そのままアルコール禁止になってしまった……

 おかげでクリスマスも、お正月も、誕生日も、大好きなお酒を飲んでお祝い等出来なかった(それに本当に体調が悪く、たくさん飲みたい気にはならなかったが、一口だけ飲んで自分の中で小さなお祝いをしたかった)。これは仕方がない。しかしようやく値が改善してきたので、週に一日位解禁日を、それがだめなら月に一回だけ、とかなんとか言って通院の度に一生懸命お願いしていたのである(笑)。2月末の通院日でも免疫抑制剤を再開して飲んでいるからと、許可が出なかったので、とうとうイースター(ご復活祭)もお酒でお祝いは出来なかった。そして、前回3月の通院日には、月末に身内にお祝い事があるので、その日だけでいいから、その席でお酒を飲みたいと許可願いをしたが、やはりダメだった。先生は、私が飲み始めると1日が2日になり…、と増えていくかもしれないし、量も増えると心配されておられるのだ(要するに信用されていない)。初めからそう言われると予想していたので、それならもう自己責任で、その日は解禁にします、と先生に伝えると、「それでも、私は許可するとは、やはり言えないです…」と言われた。こんな滅多にない親族のお祝いの席位、許可してくれてもと思うのだが。。。 それに万が一、再発(recidivation)・入院となれば、それこそ飲めないままではないかとも思い、自分としては今後、状況に合わせ適宜、解禁日を作ろうと決心したのだ。当然、飲酒が原因で、風邪等ひいてしまっても全て自己責任、覚悟の上である(もし飲酒が原因で体調不良等が起きても先生に責任を負わせる気等さらさらないが、出来れば先生の許可を得たかった)。

 自分はお酒が大好きで、疲れが取れたり痛みが楽になったり、また楽しい気分になったり出来る飲酒という息抜き(愉しみ)をたまにしても、かえって精神衛生上いいのではないかと思うのである。ただ、主治医のKB先生の言われる通りに、原則として免疫抑制剤を飲んでいる間は、出来るだけ禁酒を守ろうとは思っているので、今回の飲酒はその2日間のみで、また自主的に禁酒してはいる。

 先生に、また自己責任で飲む事があるかもしれないと伝えると、「う~ん、じゃあーやっぱり、カルテにお酒を飲んだと書いておこうかしら…」と言われるので、飲酒の事を入力しておられない事が分かり、「では、『“いっぱい”飲んだ』と書いておいて下さい」というと、先生困られておられた。結局、どう書かれたのだろう?
※免疫抑制剤の治療を受けている方は、どうぞ、この不良患者の書いている事など参考になさらず、各々の主治医の指示通り、禁酒と言われるのならどうぞそれに従ってほしい。何事にも個人差があるが、免疫抑制剤はアルコールによって効き目が強くなる事もあるそうだ。先生は、一人ひとりに適量を処方されておられるので、飲酒によって効き目に想定外のずれが出てしまうかもしれないという事に注意しなければならない。それからもう一つ、飲酒によって体が温かくなり、そのまま寝てしまって風邪をひいてしまうのではないかという事もあり、先生は特に冬の間その点についても心配されて許可を出して下さらなかった。

 その他、珍しく先生の方から血圧の事を訊かれたので、相変わらず低めである事を伝えた。実は、去年ネオーラルを1日2錠(1日50mg)飲んでいた頃の血圧(blood pressure)はずっと高めだったので、免疫抑制剤をその時のレベルに戻すのだから、また血圧も高めになってくるだろうと覚悟していた(血圧が高い事に関して、ネオーラルの副作用の可能性を先生から訊いていたからだ)。ところが今回は一向に血圧が上がる事はなく、低い傾向をほぼ維持している。先生も薬再開でどうなるか気にしておられた様だ。何故今回は上昇してこないのか、不思議である。体重((body) weight)も前回に引き続き訊かれたので、大きな変動はないと報告した。

 4月16日夜から喉の調子が悪く、唾を飲み込むのにも痛みを感じるので、いつもよりはやや悪い状態が続いている。今朝はここ数日に比べるとマシであるが痛い。こちらは先生、喉を見て下さり、真っ赤ですね、と。風邪(cold)か何か感染症(infection)かもしれないらしいが、特にそれ以上コメントはなかったので、うがい(gargle)だけで良さそうである。また、4/19&20とへその下に差し込む様な腹痛(abdominal pain;abdominalgia)があったが、これは原因不明との事。

 体調他、全般に良好だったのだが、飲み薬の種類は現状維持で、減薬される事はなかった。「移植(transplantation)2年を目安に減らしていきましょうか」と言われる。どうやら去年の、減薬するタイミングが早過ぎた様なので、今度はゆっくりと免疫抑制剤の量を減らしていきましょうという事らしい。それでは11月頃に免疫抑制剤がゼロになるのかと訊くと、そうなっていればいいなぁ(もう少しかかるだろう)、という程度の予定で考えておられる様だった。私もその方が安心である。

 最後に、不良(飲酒)したついでにまた、約一週間強(4/6迄、4~10本/日の割合で)喫煙した事も伝える(ひどいストレスがあったので、自棄になって吸ってしまった)。これに関しては絶対に止めた方が良いと言われる。私の病気では肺の病気で命を失う事が多いので、リスク(risk)を減らす為にもと。更に私は放射線(radiation)治療を受けている為。肺機能も低下しているだろうからなおさら注意が必要で、喫煙は止める様にといわれた。飲酒の方は『止めた方がいいですが』程度だったが、喫煙に関しては私の場合、かなりリスクが高いらしい。

  放射線治療によって、肺と同じレベルで肝臓も、そして恐らく他の臓器も痛めつけられているだろうとは容易に想像出来る。だからお酒に関しても昔の様に飲んでも大丈夫等と過信してはいけないだろうという事も頭では分かっている。分かってはいるのだが、最近、刹那主義的になってきている自分がいる。

【血液検査の結果】2008/04/21:
GOT(AST) 26、GPT(ALT) 14、γ-GTP 30、LDH 193、AMY 136

2008-04-19

2008/04/19 (土) 飛行船

 4月に入って、はっきりしない天気が続いている。今日もそうだったが、ふと空を見ると飛行船がゆらりゆらりとこちらへ向かってくるのが見えた。ゆっくり飛んでいる様に見えたのだが、カメラを取りに行っている間に、随分と接近している。飛行船の胴体には“FLY WITH ME ! ”と書いてあった。どんな人達が乗っているのだろう……?

 そういえばK大病院入院中の2006年、6F病棟廊下突き当たり、西の非常階段近くの硝子戸から外を見ていた時、一度だけ飛行船が飛んでいるのに出くわした事があった。病室ではなく、そのフロアである廊下を散歩していたのだから、白血球(WBC;white blood cell)数が少なくとも500位はあったのだろう。その飛行船の胴体には、確かどこか有名な商品名か何かが書いてあった様に思う。広告塔として飛んでいたのかもしれない。その時はお天気も良く、あれに乗って見下ろす風景はどんな感じなのかなあと、豆粒程の小ささになっても、見えなくなるまで、飽かずにずっと想像しながら飛行船を追いかけていた。