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2011-03-13

2011/03/ 13 (日) 東北関東大震災、献血のご協力を!

マグニチュード9.0、世界史上4番目という未曾有の大地震が東北・関東地方で起こり、甚大な被害が出ており、大津波による、目を覆いたくなる様な被害には、ただただ、被災者の皆様のご無事を祈る他ありません。

震災直後の日本全国の震度(気象庁)

三陸沖津波観測情報(気象庁3月11日15時25分)

大津波の津波警報の発表(気象庁3月11日16時08分)

三陸沖津波観測情報(気象庁3月12日00時45分)

その他、googlejapanGeo-Eye 社の人工衛星GeoEye-1 撮影の、地震発生前後の衛星写真 http://goo.gl/E8iwL (Picasa ウェブアルバム)

※↑見る事が出来ない場合は、毎日新聞の頁
 http://mainichi.jp/select/jiken/graph/20110313google/1.html 


地震もさることながら、津波に木の葉の様に翻弄され、押し潰される家々や車、現実に起こっている事とは俄かに信じられない映像が次々とTVから流れ、心潰れる思いです。


被災者の皆様には心からのお見舞いを、不幸にもお亡くなりになられた方々には哀悼の意をお伝えしたいと思います。


自分でも何かしたい、出来る事は何か? と考えました。そして、もしこのブログを見てくれた人がありましたら、どうぞ、【献血にご協力下さい】、とお願いしたいと思い立ちました。

※献血出来る場所は以下の日本赤十字の頁にアクセス下さい。

http://www.jrc.or.jp/donation/index.html#Map1 


非常に多くの人が被災している現在、間違い無く献血(blood donation)する人も少なくなっているでしょうから、今後、被災地は勿論の事、全国的に献血が不足する事は必至と思われます。手術(オペ:operation)や応急処置、治療(medical treatmenttherapy, cure)等に確保する必要があると思いますので、このブログで、献血ご協力のお願いを呼びかけたいと思います。この大震災で、何かしたいが何をしたらいいか、何から始めたらいいか分からないと思っている方がおられましたら、どうぞ、献血という手段での応援もお願い致します。献血は被災者のみならず、現在治療中や不慮の事故に遭われた方にも役に立ちますので、是非献血にご協力願います。

※献血場所 http://www.jrc.or.jp/donation/index.html#Map1


新型インフルエンザ(A H1/N1 influenza)が大流行した折、献血が不足して困っているというニュースがありましたが、悲しきかな、自分は献血が出来ません。何故なら、血液の癌(cancer)と言われる白血病(leukemia;leukaemia)を罹病した為、現在治療を終え退院してはおりますが、今後献血は一生出来ないと言われているからです。かつて白血病で入院中、自分も大変お世話になった輸血(blood transfusion)なのですが、その恩返しの献血すら今は出来ないジレンマ(dilemma)があります。それならばせめてと思い、『献血にご協力を』という呼びかけをしようと思いました。


血液(blood)には寿命があり、献血の赤血球(RBC:red blood cell)で3週間、血小板(PLT:platelet)では3~4日間位しか保存出来ないのですが、血漿(blood plasma)は凍結すれば1年、私が何度かお世話になった『献血ヴェノ・グロブリン(Kenketsu Venoglobulin)』では使用期限が2年等、献血から作られる保存期間の長い血液製剤(blood preparations;blood products)等もあります。一方で、一度献血すると、献血の種類にもよるのですが、次回献血出来る迄、2~16週間の期間を開ける必要があり、頻繁に出来る類の物ではありません。ですから、思い立った時でいいので、献血のご協力をお願い致します。そして、継続的に献血して下さる人が増える事が、何よりも有り難いと思います。 また、新型インフルエンザの時は【B型の血液】が特に少ない、と聞いたので、特にB型の人のご協力も、と呼びかけたいと思います。

献血血液がどの様な検査を経て医療機関に届くか、また血液製剤の種類やその有効期間については、東京都赤十字センターの『血液のゆくえ』をご参照下さい。

献血の種類別の採血基準と、次回いつ献血が出来るのかの間隔については日赤の『献血基準』の頁をご参照下さい。


自身も急性白血病(acute leukemia;AL)で長期入院(hospitalization)を経験している為、被災地で現在、白血病で入院中の患者さん達はどうなっているのだろう、さぞかし不安な状態であろうと想像され、胸が詰まります。治療中の人は感染(infection)予防の為、病室から出ずに安静にしている・或いは病室から出てはいけないと言われている人が多いと思うから、また、頻繁に輸血(blood transfusion)が必要な時も多いのに、血液を病院に届けるのもままならない状況(輸送路等)なのではないかと思うと、尚の事、胸が痛みます。


話は少しそれてしまいましたが、輸血が必要な人は、別に白血病の患者さんに限った事ではありません。被災地のみならず、他の病気や手術や大怪我をして大量出血した人等、多くの人に必要であります。


だから、どうぞ、何かしたいと思っている方々、献血にご協力をお願い致します


そして、ご賛同頂けた方は、どうぞ自らも【献血にご協力を】と宣伝して頂けると有り難いです。口伝でもいいです。ツイッターやブログ等の手段をお持ちの方は、リンクして下さっても、自ら発信して下さってもいいですので、是非【献血にご協力を】と宣伝して下さい。当ブログは訪問者が少ないので、皆様のご協力で、献血の輪が広がっていけば幸いと願っております。


最後に、被災者の皆様、どうぞご無事で、今はお辛い時期でしょうが、どうぞ皆と協力し合って、この局面に立ち向かって行って下さい、と心よりお祈り申し上げます。


※【生亜紫路2006】にも、同文をUp

2010-08-26

2010/08/26 (木) 残暑お見舞い申し上げます

 初めての退職で、なにやかやと面倒な手続のなんと多い事。。。 やっと目途が経ったかと思えば失業保険で問題発覚! 等々……、その対応策にまごついているうちに、気が付けば8月ももう中旬を過ぎてしまった。皆さんは如何お過ごしであろうか? 今年は暑いですね。

 退職関係で忙殺される中、通院記録も更新出来ずにこれだけ間が空いてしまうと、一つ書くのに下調べ等、時に大変時間と労力が取られる事が多い為、もうこのまま止めてしまおうかとも何度か考えた。

 もっと気楽に書けばいいと思う事もあるが、病気に関する記事が多い為、かつての自分の様に、たまたまネット検索で訪れてきた人に、出来るだけ正確な情報が得られるページでありたいと願ってしまう、そんな自分の性格上、生半可な事は書けない。。。 しかし、最近思考能力も落ち(??)、体がだるい日も多いので、書こうとしては断念するの繰り返しで今日に至ってしまった。『別に、誰かからコメントを貰う訳でも無し……、ブログを一つ仕上げるのにも結構体力が要るし……もう止めちゃえ!』と内なる声が囁く。。。

 そんな格闘の中、非常に遅ればせながら、通院記録だけでもアップしていこうと思い直した。もしかしたら、同様の病気に悩む人が偶然に自分のブログを訪れ、更なる情報を知りたいと思っているかもしれないし、自分がこの病気になったと分かった時や退院(discharge)後等は、とにかく出来るだけ自分に近い症例の人をネットで探し、その人がどうしているか、どう対処しているか、その後はどうなったのかが知りたかったからだ。

 例えば急性白血病(acute leukemia;AL)の項目でも一杯情報は得られるのだが、一番得たいのは、自分と同じ、成人(adult)での急性リンパ性白血病(acute lymphocytic leukemia;ALL)の事(※小児でのALLは、成人ALLとは治療法が異なり、専門書でも別項目として扱われている)。そもそも白血病(leukemia)に罹る人の数が少ない上に、成人での急性リンパ性白血病罹患率(morbidity rate)は急性骨髄性白血病(acute myelogenous leukemia;AML)よりも更に少なく、また、罹った人が全てブログやHPを書いている訳ではないので、ピンポイントの情報はなかなか得られるものではなかった。自分と同年代、同性の記事を見つけたら大・大・大収穫であった。願うらくは同じ治療(medical treatment)を受けた人の情報が一番知りたかったが、自分の受けた療法は、当時日本ではまだ5年そこそこの治療法だったせいもあり、そう簡単に見つからなかった。

 そんな経験もある事から、どれだけ参考になるかは分からないが、又、コツコツと書き始めてみようと思う。日付は前後してしまう事になるが、このブログは日付を指定すれば、過去に遡ってアップ(日付指定)出来るので、通院日等に合わせて過去の分もアップしていく予定である(あくまでも予定である、予定である、予定である……)。

 では、皆さん、まだまだ暑い日が続いているので、くれぐれも熱中症(heat stroke)にはご用心を。

2010-03-04

 2010/03/04 (木) やっと終わった

 一昨日を出勤最終日とし、昨日歓送会をして貰い、やっと大きな山を越えた気分だ。

 次年度に向けて年次有給休暇を出来るだけ温存していた(最大20日間繰り越せる)のだが、残念ながら契約更新ならず、もう次年度に使う価値が無くなってしまった。今迄減給覚悟の上で、病欠扱いとなる寸前迄欠勤を切りまくって何とか勤務を続け、年休を残していたのだが……

 もう無理をして勤務する意味が無くなったと分かってからは、一日でも早く体を休めたいと思いが強くなった。最近痛み止めも余り効かず、特に頸等は膏薬を貼らないと、痛くて堪らなく辛くなってくる。そんな状態で頑張り続けて3月末の退職日を迎えるより、折角の有休等を使い切って早く職場から去ろうという思いが生じ、逆算した所、3月2日が最終勤務日となった次第だ。

 今年のカレンダーには、3月16日の所に【復職丸一年】と書き込み、HAPPYと印字されたスヌーピーのシールが貼ってある。そして今ベランダでは元実家から持って来たスミレが春の日差しを受けて満開だ。契約更新と言うHAPPYは叶わなかったが、微笑みかける様に可憐に咲いてくれているスミレを見ていると、とても幸せな気持ちになる。

2010-01-10

2010/01/10 (日) 復職してます、そして……

 2009年の日記で、ちょくちょく《社会復帰へのリハビリ(rehabilitation)》という表現を使って来た。回りくどい書き方をしてきたが、実は、昨春3月中旬に復職している。なので、2009年春以降のブログ内での《社会復帰へのリハビリ》というセリフを《出勤》に変えて貰えるといいかもしれない。
※ 当時、“復職”と書かないと決めた為、時折《社会復帰へのリハビリ》というセリフで表現してきたが、実際に復職した事を説明していない為、本当は書きたかった復職後の悩み等を説明しきれず、このブログでは省略して掲載しなかった事項も多い。

 復職は、週5日のフル勤務ではないという事もあるが、果たして、途中ダウンせずにちゃんと続けられるだろうか、という不安もあり、職場の人以外では、姉も含め殆んど誰にも知らせていなかった。自信が持てる迄は、安易に復職報告をしないでおこうと決めたのだ。

 自分の職種は、手先を使う細かい作業をする技術系、毎年契約更新という形で、週5日の裁量労働勤務をしていたが、病気で長期休職せざるを得なくなった。しかし、ボスは休職中も契約更新をしてくれ、戻る場所があるという事は、闘病中でも非常な励みになり、職場復帰の折は、是非ご恩返ししたいと思っていた。ただ、自分の休職が長引いた為、自分のポストには派遣ではなく、代わりの技術系職員を新たに雇う事になってはいた。

 休職も長期になってくると、ボスのご厚意に甘えてこれ以上休職延長するのも心苦しいという気持ちが湧いてきたが、どうしても体力その他に自信が持てず、休職延長届を、昨春も出したいと願っていた。しかし、その1年程前から、主治医が(自分の生活を考えての事でもあるのだが)もう復職を考えてはと勧め始めた。復職の決定打は、主治医が、見た目元気そうな私に対し「もういいんではないか?」と言って休職延長用の診断書を書いてくれなかった事である。

 主治医にも話したのだが、元気そうに見えるという事は、自分の病気を知っていてくれる人に対し心配を掛けずに済むという点で、非常に有り難い事である。「元気そうね」と言われ、敢えて「だるく、節々が痛み、しんどい」等とは言わず、「お陰様で」と答えれば、とても喜んで貰える。しかし、復職となると、話は別だ。仕事を任される以上は責任を持ってこなさなければならないので、途中でダウンする事態は避けたい。一番心配しているのは「本当は元気なのに、病気を理由にサボっている」と見られるのではないかという不安である。つまり、“痛み”や“だるさ”は見た目では分かって貰えないという事である。母もこの悩みをよく言っていたが、その時は頭で理解したつもりではいた。しかし、本当にこの辛さを知ったのは、自分自身がこの病気になって以降だ。身をもって体験しないと分からないという事は、こういう事なのかもしれない。

 主治医が診断書を書いてくれなかった為、復職する事になったが、ボスは産業医や事務と色々相談して最善の職場復帰を探してくれおり、週4日勤務という、新しく出来た勤務形態を用意してくれていた。ボスには事前に、始めは週3日位からなら、なんとかやれるだろうと伝えていたのだが、週4日の勤務形態でも、有給休暇と、給金が減る覚悟の上で欠勤も使えば、週3日で始められると分かり、何とか自分の中でも復職の覚悟が出来た。もうこうなったら発車オーライだ。

 さて、ボスにも伝えたが、当初の希望的予定としては、週3日で徐々に体を慣らして行き、週4日勤務に移行して、それが早く叶えば、10月の後期から元の週5日の役職に戻して貰えれば、と願っていた。しかし、実際勤めてみると結構体に堪え、殆んど週3日勤務状態から抜け出せないまま年末を迎えてしまった。なんとも不甲斐ない……。それでもなんとか年末迄、無事勤める事が出来たので、漸く皆に復職の報告をしようという気持ちになり、年賀状に書く事にした。内心、次年度は契約更新されない可能性があるとも感じ始めていたので、復職という、とてもいい報告材料がある今のうちに、という気持ちもあった。

 夏以降、特に右手のこわばり(stiffen)が始まって以降、日を追う毎に仕事が辛く感じる日が増え、休みの日は殆んど何もする気が起こらない事が多くなっている。年賀状も12月30日にやっとの思いで投函したのだが、姉達にはメールで、契約更新して貰えるかどうかは不明だという話も含め、詳しく書いて、大晦日に、他の人より、気持ち少しだけ早めに報告した。それでも姉達からはそれぞれ、私の復職を心底喜んでいるとの返事を貰った。実は少し緊張していたのだが、ほっとした。

 ところで、復職報告の年賀状を送ったので、今迄心配してくれていた姉達を含め、色んな方々に、何か内祝いみたいなものを1月中旬頃に送ろうと考えていた。このあたりなら、もう年賀状は届いているだろうし、また以前勤めていた頃の記憶では、契約更新のボスとの面談は、だいたい1月末から2月初めであったからだ。もし契約更新が叶わない場合、少し早目に言い渡される可能性があると考えてはいたが、1月中旬ならギリギリまだ契約の話も訊かずに済む。

 しかし、1月7日の夕刻、ボスから次年度の契約更新は無い旨を伝えられる。まさかこんなに早く通達されるとは思っていなかったので、覚悟していたとはいえ、不意を突かれた形で、かなり動揺してしまった。職を失う私に、次の職探しの時間が多い方がいいと思ってのボスのご配慮からかもしれない。

 最近、勤めがかなり辛く感じてきていたが、復職のお蔭で随分体力は付いたのではないかとも思っている。普段なかなかうまくコミュニケーションを取れないボスには、精一杯心からの感謝の気持ちを込めてメールをしたが、退職の折には、お手紙で、もう一度お礼を伝えたいと考えている。ただ、復職後のお礼返しの仕事が何も出来なかった事だけが残念である。
 
 さて、内祝いだが、これは入退院から現在に至る迄の感謝の気持ちを伝え、一旦心の整理しておきたいと、兼ねてから考えていた事なので、予定通り、今週末にでも実行するつもりである。退院してこのかた、入院する程の不調も無く経過していたが、昨夏急に右手が使えない位こわばる等という事が起こったりする。幸い薬でその症状が治まっているが、今後何が起こるか分からないと覚悟しておいた方が、気が楽でもある。そういった意味でも、無事に過ごしている今が、お礼返しをする絶好の機会だと思っている。

2010-01-04

2010/01/03 (日) 胸が……

 今年は短いお正月、最後の夜は、定番のお雑煮の後に、頂きものの見事な“にらみ鯛”を有り難く戴いていた。立派な明石鯛、とっても美味しい…… と言っても、この日は鯛の良い部分を全て後日用に取り分け、骨の周りの白身をこそげて食べていた。
 
 すると急に咽喉奥というか、また顎(口内?)のあたりが痺れ出した。そういえば先日の通院で、先生にこの痺れ(numbness)について報告するのを忘れていたな、と思う間もなく、時々起こる嚥下違和感みたいなのが咽喉辺りにも同時に起こり始め、『おかしい、小骨等はまじっていなかった筈だし……』、と悩もうとした。

  ところが、その症状に加え、胸の真ん中も痛み始めた。直ぐに止むのかと思ったのだが、顎の痺れ・咽喉の違和感以上に、胸の変な痛みが強くなってきて、少し焦りの気持ちが湧いてきた。『そういえば、今朝の血圧は下の値が少し高かった……、コレステロール値(cholesterol)はお薬で下がって来たけど、まさか心筋梗塞??!』

 今日はお正月3日の日曜日の夜だし、病院に電話しても主治医の先生も居られないだろうし、もしそれから先生に繋いで貰えるとしても時間がかかるだろうし。。。 瞬時に考ええつつ、だんだんと混乱してくる。

 この程度の痛みで救急車を呼ぶ訳にはいかないと思う一方で、万が一心筋梗塞(myocardial infarction)で救急車を要請する事態になった時は、退院間もなく主治医に紹介して貰った病院名を伝えなければ()、とか、もし心筋梗塞等の場合、果たしてそれを自分の口で伝えられるのだろうか、とか、色々な思いが頭をよぎったが、結局数分(10分位か?)で、漸く締め付けられる様な胸の痛みは治まった。
※ 今、通院している病院は、自分の住む町から70kmは離れているK都の大学病院なので、気軽に行ける距離では無い。その為、何かの時に直ぐに診て貰える病院を紹介して貰っている。

 未だ変な違和感が胸中心に残っていたが、胸の様子を見ながら、心筋梗塞の症状について調べてみた。ネット等で得た症状を読むと、心筋梗塞の症状は非常にきついらしく、どうやら違うらしいと思えた。むしろ、その検索で引っかかって来た、狭心症(angina pectoris)が近いかもしれないと感じられた。

 そして改めて考えてみた。独り暮らしなので、新型インフルエンザ(A H1/N1 influenza)に罹って万が一重症化した時に備えて、玄関等に緊急連絡先をメモし残しておこうと考えてはいた。しかし、体がしんどく億劫な日が多く、それをいい訳というわけではないが、未だその用意をしていない。そこまでしなくても、という思いがまだどこかにあるのかもしれない。というか、それを用意する行為自体が非常に億劫で、また自虐的な感じもして憂鬱でもあるからかもしれない。

 この病気に罹らなかった頃の自分なら、これ位の事ならそれ程は心配していなかっただろうし、きっと肋間神経痛(intercostal neuralgia)と思っていたかもしれない(※昔、肋骨辺りに起こった痛みに対し、母がこの名前を言った事に依るものもで何の根拠も無い)。しかし、今現在の自分は、自覚しようがしまいが、まだ、色んなリスク(risk)を負う状態なので複雑な気分だし、多くの人に心配して貰った事もあるので、最大限、自己管理をしておく必要があるとも思っている。気が重いが、やはり一応用意しておく必要があるのだろうと思う。

 さっきネットで調べた中に、心筋梗塞の緊急時に、バファリン(Bufferin)服用が有効らしいという情報を得たので、亡き母の薬箱からバファリン(81mgと330mg錠)を探し出し、念の為に財布等に潜ませた。バファリンと言えば通常鎮痛解熱剤だし、自分はアスピリン(aspirin)系のアレルギー(allergy)も無い。ただ、緊急時に自己判断で飲む訳にもいかないだろうし、果たして狭心症(又は心筋梗塞)なのかどうかも不明なので、次回先生に訊いてみなければならない。それ迄に万が一救急電話をする事態になった場合に備え、バファリンを持っていると電話口で伝えられる様にとの心づもりだ。自分で落ち着いて話せる状態ならばの話だが、備えあれば何とやらだ。

これが取り越し苦労である様にと願うが、早くコレステロール値を下げて、こんな要らぬ心配をしなくても済む状態にしたいものだ。

2009-10-25

2009/10/25 (日) 新型インフル 米国で緊急事態宣言

 世界的に流行している新型インフルエンザ(A H1/N1 influenza)、アメリカで死者が10月23日迄に1,000人を超え、米大統領が緊急事態宣言を発令したと、今ネットのニュースで知った。入院患者数も2万人を超えているという。

 アメリカの人口が約3億人だそうだから、大雑把に日本の人口をその3分の1とすると、死者が300~400人を超えると、日本でも緊急事態宣言が発令されるのだろうか? 

 季節性のインフルエンザでも0.1%の人が死亡すると言うが、新型はまだ誰も罹った事が無かったウィルス(virus)なので、誰もが罹る可能性がある。新型による死亡率が季節性に準ずるとした場合、仮に全人口の10人に1人が罹ったとすると、感染者数約1,200万人、その0.1%が死亡するとすると、1万2千人。たとえ、季節性よりもっともっと死亡率が低く、0.01%だとしても、1,200人……。通常、風邪で死ぬという考えを持った人は殆んどいないだろうから、これは大変な数だ。

 現在の死亡者数のニュースを聞いている範囲では、新型による死亡者が1,000人を超える可能性等、まだまだ想像がつかないが、人口3倍弱のアメリカで、もう既に死者が1,000人を超えたのだから、あり得ない数字ではないのかもしれない。

 だが、最近の日本では、弱毒性だとか、季節性と余り変わらない症状だとか言われ出し、深刻性が薄れてきた感がある。ひどい咳(cough)をしているのに、マスク(mask)をする事も、手で口元を覆う事もない人を見る機会が多くなってくると、感染リスクが高いだろう自分にとっては、堪らない気分になってしまう。感染者数の増加に伴ない死亡者数も確実に増えてきているので、少なくとも、感染(infection)してしまった人は、もっと深刻に感染拡大を防ぐ努力をして欲しいと思ってしまう。

 ハイリスク群(high-risk)に属する自分としては、死亡記事も気になる所で、発症からどれ位で、どの様な症状を辿って死に至ってしまったのか、何度も読み直してしまう。しかし、自分が罹って重症化してしまった場合、身動きもままならないかもしれないという事を考えると、自分でどう対処する事が出来るのだろうか? やはり罹らないに越した事は無いので、予防に努めるしかない。いずれ罹るとしても、現時点では罹りたくないものだ。

 色々悩む所は多いが、今日はコンビニで、熱冷まし用の、額に貼るシートを見つけた。自分は独り暮らしなのだが、発熱(pyrexia、fever)して寝込んでしまった場合を考えていなかったので、これは確かに便利そうだ。早速買って、冷蔵庫の中にしまってみる。

 感染しないのがベストなのだが、罹ってしまった時の備えもしている。

2009-09-27

09/09/20 (日) 足の爪内出血その後

 『09/08/13(木) 足の爪の内出血』で左足の第2指の爪が内出血(internal bleeding)してしまった事を書いたが、今日その爪が勝手に剥がれ落ちた。

 良く覚えていないので自信が無いが、昔(この病気になる前)は、足の爪等に内出血を作っても、確かそのうち吸収されてしまうか、爪の成長と共に徐々に上に伸びて行き時間をかけて消失した様な気がするのだが、今回もポロリと爪全面が剥がれ落ちている(写真)。

 見苦しい写真で申し訳ないが、剥がれた爪の内側に色が付いている。じっと見てみると、どうやら内出血の血の痕跡らしい。しかし、こんなに簡単に剥がれ落ちてしまうというのが、何度経験しても馴染めない。まだ抗癌剤(anti-tumor agent)の影響が残っているのか、それとも長期にわたる治療の影響で爪質が変わってしまったのか。

 それにしても、こんな爪が床に落ちているの見つけてしまうと、やっぱりドキッとしてしまい、剥がれた足指の爪部分はどうなっているのか(肉だけがむき出しになっているかも)と、慌てて自分の足の爪を確かめてしまう。そんな心配も束の間、今回もちゃんと小さめの爪があるのを確認し、ほっとする。きっと内出血した爪の下から新しい爪が出来てきて、上の方が剥がれ落ちたのだろう。ただ、新しい爪は、以前内出血を起こした別の爪の時同様、厚さが不均一の、少しいびつな形状である。今迄の経験があるので、この爪も成長するにつれ、元通り均一な厚さの爪になると考えているのだが、隣に見える左足中指の爪は以前剥がれた後遺症(secondary disease)なのか、縦割れが未だ治っていない。

 7/20の大阪観光が爪の内出血の原因だとしたら、丸2ヶ月位になるか。猫の爪、未だ健在だ。

2009-09-24

2009/09/24 (木) 新型インフル どう備え どう覚悟するのか

 パソコンの具合が悪くなり、その対処にへとへとになってしまったり(結局手に負えず修理に出したら、戻ってくるのに10日以上かかってしまった)、学会参加等で、思いのほか体力を消耗してしまいで、疲労蓄積。この連休ずっと体を休めていた。やっと元気になってきたので、久々の更新である。

 延び延びになっていた前回の通院記録をアップしようと漸く記録を入力し始めたのだが、今日のニュースが気になったので、先にこちらを少しだけ書いておこうと思う。

 新型インフルエンザ(A N1/H1)が原因と思われる死亡者が出始めているが、基礎疾患を持った人が多い。そして国内19人目と思われる死亡ニュースが今日報道された。その内容は以下の通り。

 大阪府は、岸和田市内の女性(70)が23日インフルエンザ肺炎で死亡したと発表。府によると、女性は今月14日、咳(cough)の症状がひどくなり受診。15日に肺炎(pneumonia)の疑いがあるとして入院、タミフル(TAMIFLU)投与。16日に遺伝子検査で新型インフルエンザの感染(infection)が判明。集中治療室で治療を受けていたが、23日夜に症状が悪化し死亡。女性は糖尿病(diabetes)と高血圧(hypertension)、白血病(leukemia)の基礎疾患があったという。

 とうとう基礎疾患に、私と同じ白血病患者である人が亡くなられたんだと思い、どの様な状態だったのかを知りたくて色々検索して調べたが、日経ネット関西版の記事に、この患者は『治療の過程で白血病を患っていると分かった』というのが見つかっただけだった。目下、これ以上の情報を検索出来ないでいるが、これが本当ならば、白血病の治療を開始する前の段階だったという事になるのだろうか? 高齢、糖尿、高血圧とハイリスク(high-risk)の上に白血病発症とは。。。

 季節性のインフルエンザ(influenza)でも結構死者は出ているそうなので、現在の報告数はまだ少ない方なのかもしれないが、どの方も、具体的なインフルエンザの症状が出始めてから1週間から10日位で亡くなってしまう例が多い。あっという間という印象だ。ご家族の方の悲しみも大変なものだろう。ご冥福を祈りたい。

 これらの記事を読んでいると、自分がもし新型インフルエンザに罹ってしまった場合、意識がハッキリしているうちにどう行動したら良いのか、悩みどころである。インフルエンザと分かっても、余程でない限り、多分自宅療養になるだろうから、寝込んでしまった時の為にと(それに、近々訪れるであろう全国的大流行のピーク時には、出来るだけ外出せずに済む様にと)、数日前から、冷蔵庫、及び冷凍庫内に直ぐに食べられる様な食料を用意したり、非常食を買い溜めしたりして備えているが、あくまでも《高熱になっても意識はある》状態を想定しての事である。独り暮らしなので、寝込んでいる間に意識不明になってしまったら、もうどうしようもない。姉に知らせると心配してこちらへ来てしまうだろうから、それは避けたい。しかし、最悪のケースが起こらないとは限らない。せめてもの手段として、知り合いに、「もし新型インフルに罹ってしまった場合、毎日『生きてます』というメールを送るから、連絡が途切れた場合は、そちらから電話なりこちらにアクセスして、返事がなければ適切な対応を」と最近お願いした。そして、インフルに罹ったと分かった場合(かつ自宅療養になった場合)、万が一に備えて、自分の住んでいるビルのドアの錠は、外から鍵のみで開けられる部分だけを施錠しておくとも伝えてある。

 インフルエンザ等に罹らないに越した事は無いが、緊急時の連絡先(姉達)のメモを用意して、健康保険証か財布の中にでも入れておいた方がいいかもしれない(或いは枕の下? 玄関のドアに貼る?) と考えている。

 ところで、白血病に限らないだろうが、治療で化学療法(chemotherapy)や骨髄移植(bone marrow transplantation;BMT)を受ける時に輸血(blood transfusion)は欠かせない。自分も入院中何度も大変お世話になった。その為に必要な血液もこれから新型インフルエンザがもっと大流行した時、献血する人の減少で確保が難しくなる危険があるとのニュースもある。特に血小板(PLT:platelet)は、保存出来る日数が短い為、不足が懸念されているという。現在の自分が献血(blood donation)出来るのなら、お世話になったお礼になんぼでも献血したい所なのだが、自分の罹った病気が病気だけに(白血病:血液の癌)、献血は断られる状態で、なんとももどかしい気がする。ただ、自分は今入院していないだけ幸せだとも思っている。現在、白血病等で化学療法等を受けながら病気と闘っている人達の気持ちはいかばかりだろうと思う。

 どうか元気な人は、献血にもご協力をお願いします。私達白血病患者の命の綱です。

2009-08-13

09/08/13(木) 足の爪の内出血

 先月、姉の観光案内がてら、大阪に出かけたと、『2009/07/24 (金) ちょいと大阪』で書いたのだが、その後日談だ。

 実は万歩計(歩数計、ペドメータ:pedometer)を着け始めてから1年弱、その歩数を手帳に付け始めたのは去年10月21日からだ。病気をする以前の様に快活な歩行はしていないし、どちらかというと、疲労しない様にとおとなしく歩いているので、感度は最高にしてある。はじめの頃、感度を逆に設定していたのか、家に居て殆んど動かなかった日の歩数計の数字が、雀の涙程度だったのを見てガックリした事があったので、歩数が実際より甘く出てもいいじゃないかと、感度をMAXにしたのだ。

 いつもはたいした歩数ではないのだが、通院日だけは広い大学病院内や、院外の薬局へ薬を貰いに行かなければならないせいか、丸1日の歩数は10,000歩位になる。外出する時以外では、余り1万歩を超える事は無い方かもしれないが、20,000歩を超えて歩く事はまず無いと言っていい。それが、先日の大阪観光の日は久々に22,000弱も歩いていた様だ。その後遺症と言っていいのかもしれないが、題名から分かる様に、また足の爪が内出血(internal bleeding)してしまっている(写真)。今度は左足の第2指の爪だ。

 そういえば、以前も足の爪に内出血を見つけたとか書いていたなぁと思い調べてみたが、一つは去年の6月(『2008/06/20 (金) 足の爪色が?』)で左足の中指の爪、次は11月末(『2008/11/30 (日) 足の爪はネコの爪?!』)で右足の第2指の爪で、いずれも旅行後に見つけている。ちなみに、11月の旅行では20,000歩前後の日が多く、万歩計をリセットし忘れたのかと思った位だった。やはり旅行となるとやむを得ずというか、良く歩くらしい。昨年6月時点ではまだ万歩計を着けていなかったので分からないが、今回の事を踏まえて考えると、きっと1日20,000歩近く歩いていたのだろうと思う。

 昨年の分については旅行をしていて、数日続けて良く歩いたせいかと思ったのだが、大阪観光は1日だけで、翌日は家で疲れをとる為ずっと休養していたので2,000歩位だったのを見ると、自分の足は1日20,000歩を超えると、爪が負担に耐え切れずに内出血してしまうのかもしれない。変な所で、未だ完全に回復していないよと、自分の体が教えてくれる。

 毎回内出血を起こす爪が違うのは、履いていた靴や歩いた場所・季節(昨年11月は雪の中が多かった)が違っているからかもしれない。靴は自分の足に合ったのを履くのに越した事はないと知ってはいるが、写真でも分かるかもしれないが、ちょっと指の長さが不揃いな上、足の幅も広い為、ぴったりする靴に出会える事が少ない。しかし、たった1日、20,000歩、歩いただけで内出血してしまうのをみると、足に合った靴を見つけるか、思い切ってあつらえた方がいいのかなぁ~っと考えてしまう。

 写真を載せたので、ついでに書き留めておくと、足の親指の爪は、退院後、未だに横筋が出来る状態だ。以前の様に伸びてくると先端から筋に沿ってポロリと爪が剥がれ落ちる事は殆んど無くなったが、この横筋、まだ抗癌剤(anti-tumor agent)の影響が残っている証拠なのだろうか? 親指以外の足の爪は、もうかなり前から横線は見られなくなっている。きっと親指と比べて爪の大きさが小さいせいで、親指よりも、爪が入れ替わる回数が多いからだと思う。

※090827追記:8/27、左足の親指の先を家具の角でぶつけてしまった。なんだか靴下の中に違和感を覚え、脱いで見ると、親指の爪先部分が一部無くなり、いびつな形になっている。靴下の中を探ると、ポロリと親指の爪のかけらが出てきた。丁度先端から2~3mm位が、ぶつけた衝撃で、伸びた爪の先からはがれ落ちてしまったらしい。未だ、猫の爪、健在である。

2009-07-26

2009/07/24 (金) ちょいと大阪

 先日、ちょっと大阪を練り歩いてきた。大阪を案内してくれと姉に言われたので、かつて行った事がある所を案内する事にした。といっても、誰かに案内されていった所ばかりなので、自分も大阪の地理は良く知らない。その為、前日迄、必死に地図を調べまくって予習しておいた。

 さて、取り敢えず向かった先は、大阪の中でもディープと言われるミナミの、道頓堀界隈。TVで『大阪』というと、このあたりの映像が良く出てくる。例えば「グリコ」や「かに道楽」(これは目玉と脚が動いていた)等の名物の看板や、復活したばかりの「食い倒れ太郎人形」等だ。難波駅からすぐの所だ。久々に訪れたが、色んな立体看板や動く看板、奇妙な看板等、競い合う様にひしめいていた。

 このこてこての道頓堀通のすぐ近くに、夫婦善哉(めおとぜんざい)で有名な法善寺横丁がある。ここは一変、趣のある石畳の小路と小粋な店が並ぶ。法善寺には水掛浮動が立っており、皆この不動様にお水を掛けてからお参りする為、“水もしたたる いい不動様”かどうか、顔が判別出来ないほど苔に覆われている。

 昼食はおいしいラーメンを食べようとあらかじめ伝えておいたのだが、道頓堀界隈のラーメン店密度の高さに驚く。何処のラーメン屋さんかとわくわくしている姉を連れて入ったのは、『神座(かむくら)』というラーメン屋さん。メニューは、その名も「おいしいラーメン」。。。一度だけ食べて事があるのだが、もう一度食べたいと思っていた所だ。それにラーメン屋さんはここしか知らないというのが実情でもあるが、ここなら味にうるさい姉も納得するだろうし、万が一、お気に召さなくても、“おいしいラーメン”を食べるという約束は果たせるという意図がある(^^)。時間も遅く、15時頃だったので、混雑に巻き込まれる事もなく入る事が出来た。

 ラーメンを満喫した後は、本場大阪の、大きなタコの入ったタコ焼き屋さんも冷やかしてから、ぶらぶらしたが、結構疲れてしまったので、通天閣界隈の観光は止めにし、大阪港駅の天保山へ向かう。ここでは世界最大級という天保山大観覧車(『海遊館』という水族館の横にある)に乗って大阪全体を見渡そうというのがメインだったが、その前に、天保山登山をしようと決めていた。大観覧車から近く、疲れる事なく登頂出来る、非常にユニークな山である。姉には「簡単に登れる」とだけ説明し、天保山入口にある、昔の天保山の姿を描いた陶板を見て貰い(写真)、さんざんもったいつけてから天保山へ向かった。

 狙い通り、天保山登頂は姉には大うけだった。どんな山だって? それは是非、自分の目と足で確かめて頂きたい。なかなか愉快で爽快ですよ。

2009-05-16

2009/05/16 (土) パンデミック宣言はいつか?

 前回、「パンデミック」という題名で書いた続きという訳ではないのだが、もう少しこの話題を。

 とうとう日本国内で、新型インフルエンザのヒト・ヒト感染が確認されたとのニュースが流れた。昨日深夜、感染疑いの高校生が出たというニュースが確定となった。国内初の感染者はカナダ帰りの大阪の高校生だったが、今回は渡航歴の無い高校生だという。なんでも5/12夕方には、A型陽性反応が出たこの患者の検体の詳細検査依頼が来ていたのに、検査機関は諸々の事情ですぐに検査しなかったそうで、5/15夜になってようやく検査して判明したという。更に、5/11には既に幾つかの高校でA型インフルエンザが流行している事を把握していた神戸の医師会ですら、まさかそれが新型とは思っていなかったという。もちろん、その地域で流行しているインフルエンザ(influenza)の全部が全部、新型という訳ではないだろうが。。。

 今回の結果を受けて近隣の地域に休校措置や要請が出されたと報道されている(お昼のニュース)が、実は自分は今、この地域内に住んでいる。今年3月中旬から社会復帰へ向けてのリハビリ(rehabilitation)を開始しているので、電車にもよく乗っている。出来れば今回の患者が出た高校のメイン通学路線でない事を願って調べてみると、どうやら違う様だったので、取り敢えずはほっとしているが、インフルエンザ流行の時期を避け、3月中旬から復帰リハビリを開始する事にしたのに、世の中、うまくいかないものだ。また、このウィルス(virus)の潜伏期間(incubation period;latent period)から考えると、不特定多数の感染(infection)はもう避けられないかもしれない。未だ免疫抑制剤(immunosuppressant)を服用している為、感染しやすいから注意しなさいと先生から言われている自分としては、今後のニュースに注意しながら、慎重に行動していくしかないだろうと思っている。後は運に任せるだけかもしれない??

 さて、今回はネットでこの新型インフルエンザの感染者数はどの様に増えているかを調べてみた。簡単にまとめると、次の様になる。
・ 3/18-4/23:メキシコで発生・感染者増加。60人位。
・ 4/24:メキシコ以外で人から人への感染(ヒト・ヒト感染)確認。
・ 4/27:WHO(World Health Organization:世界保健機構)が新型インフルエンザ発生宣言、警戒レベルを【フェーズ4】と発表。
・ 4/30:WHO、警戒レベルを【フェーズ5】に引き上げる。※フェーズ(phase)は最大が6で、6になるとパンデミック(pandemic)という事になる。
・ 5/1:全世界での感染者報告数、約260人。
・ 5/4:感染者報告数、約1,000人、感染国数20。
・ 5/5:同、約1,500人、21カ国。
・ 5/6:同、約2,000人、23カ国。
・ 5/7:同、約2,500人、26カ国。
・ 5/8:同、約3,000人。※アメリカで感染者数1日で倍増。
・ 5/9:同、約3,400人、29カ国。※日本で渡航帰りの初の感染者確認。
・5/10:同、約4,000人、30カ国。
・5/11:同、約4,600人、31カ国。
・5/12:同、約5,200人、32カ国。
・5/13:同、約5,900人、34カ国。
・5/14:同、約6,400人、35カ国。
・5/15:同、約7,700人、36カ国。
・5/16:同、約8,400人、39カ国。死者数はメキシコの66人を含めて73人。※日本で渡航歴の無い初のヒト・ヒト感染者確認(この患者は5/11には既に症状が現われている)。
※日付は報告された日(多分日本時間)で、その時点の発症者数ではない。
※感染国数は正確には『感染した国と地域数』

 これらをグラフにしてみたが、増加は思ったよりは急激ではない様にも見える(今のところ、一見、右上がり一直線という感じ)。しかし、感染国等も日々増加し、それに連れて感染者数も増加しているので、検査体制も軌道に乗ってくれば、感染者数ももっと増加すると思う。詳しく見ると、5/4~5/10迄は1日に500人位の割合で、5/11~5/14迄は日に600人位、5/15~5/16の2日間は平均して日に1,000人の割合で世界的に増えている。少しずつ、感染するヒトの割合が増えている気配である。きっとこの増え方が指数関数的に増加(exponential growth)し始めたら、パンデミックというのだろうと思う。但し北半球に関していうのなら、これから夏に向け、インフルエンザウィルスの活動が低下するだろうから、パンデミックはすぐには起こらないだろう、等という見解もある。

 さて、折角グラフを作成したので、ちょっと色々いじってみて、勝手に『いつパンデミックとなるか』を推測してみる。何の根拠もないのだが、これから10日間以内に世界中の感染者数が3万人に達したら、WHOもパンデミックを宣言するのではないだろうか……? なぁ~んて、人ごとの様な事を書いていたら、ニュースではどんどん「感染がもっと広がっている可能性」という報道が増えている。さて、今後どうなるのだろうか?

 今日の自分はというと、念の為に、痛み止め(painkiller)のロキソニン(Loxonin)服用を朝から我慢して、発熱(pyrexia、fever)が無いかを確認している。明日迄我慢してみるつもりだが、目下発熱はしていない。今回に限らず、時々痛み止め服用を我慢して発熱有無確認をしているのだが、何故かというと、風邪(cold)・流感(influenza)に限らず肺炎(pneumonia)等に罹っていたとしても、痛み止めとして処方(prescription)されているロキソニンには解熱(pyretolysis)作用もある為、服用しているとその兆候である発熱を見逃してしまう危険性があるからだ。インフルエンザウィルスには潜伏期間があるので、現時点で大丈夫だからと言って、絶対に感染していないと断言出来る訳ではないのだが、来週の月曜は通院日、多くの人が集まる大病院へ行くので、感染が確認された地域から通院する自分なりの精一杯のエチケットのつもりである。 ※万が一、微妙にでも発熱が認められたら、通院も含めどうしたら良いか主治医にメールか電話で相談してみるつもりである。

 最後に、今回参考にした記事の一つを以下に載せておく(毎日新聞)。皆さんも感染にはくれぐれもご注意下さい。
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新型インフル:初の国内感染確認 神戸市の高校生
2009年5月16日 10時17分 更新:5月16日 13時32分
厚生労働省は16日、新型インフルエンザ感染が疑われていた神戸市内の男子高校生について、国立感染症研究所の検査で、感染が確定したと発表した。検疫での水際阻止でない初の国内感染例になった。男子高校生と同じ神戸市内の高校に通う男女2人も、市環境保健研究所が実施した遺伝子検査で、感染の疑い が濃厚と判明。3人に海外渡航歴はなく、国内で人から人への感染が広がっている可能性も高い。厚労省は現地に職員を派遣し、感染ルートの解明を急ぐ。市と周辺自治体は、学校の休校など、まん延防止策を取り始めた。
 神戸市は「今回の新型インフルエンザは、季節性インフルエンザに近い症状で治療薬も有効なので、冷静に対応してほしい」と呼びかけている。
 政府は感染確定を受け、対策本部の会合を開き、国内の行動計画を第1段階(海外発生期)から第2段階(国内発生早期)に移す。 関係者によると、3人が通うのは県立神戸高校(神戸市灘区)。感染が確定した3年生男子(17)と2年生女子(16)、2年生男子(16)で、発症は11~15日。いずれ も市立医療センター中央市民病院へ入院した。
 3年生の男子生徒については、市環境保健研究所が15日に実施した検査で新型感染の結果が出たため、市は16日未明に厚労省に「感染を否定できない事例」として届け出た。この生徒はバレーボール部に所属。部内ではインフルエンザがはやっており、他にも体調不良を訴えている生徒がいるという。
 この検査結果を受けて市が調査したところ、さらに2人の感染疑いが見つかった。2年生の女子生徒は、12日に38度の熱が出て15日から入院中だが、ほぼ回復している。2年生の男子生徒は15日夕に39度まで熱が上がり、リレンザを投与された。16日未明から入院している。
 さらに、同じ神戸高校に通う生徒17人が体調が悪いと訴えているといい、同市は外出禁止を要請した。集団感染の疑いもあるため、高校は16日朝から登校禁止の措置も取った。
 神戸市医師会の川島龍一会長によると、12日夜、医師会の新型インフルエンザ会議で「A型インフルエンザが四つくらいの高校ではやっている」との情報があった。医師会のこの会議には市の予防衛生課長も出席していたが、新型ではないと思ったため、環境保健研究所への報告はしなかったという。
 3人のうち3年の男子生徒の検体が同研究所に届いたのは12日午後5時前だったが、別の検体も届いたため、検査を途中で中断。13、14日はノロウイルスの食中毒の検査をし、14日夕にはさらに別の新型インフルエンザが疑われる検体が届いたため、男子生徒の検査が15日夜まで遅れる結果となった。
 ◇神戸まつりも対象区で中止
 神戸市は16日午前7時から新型インフルエンザ対策本部会議を開催。感染研の結果を待たず、国の行動計画の第2段階(国内発生早期)に相当する独自の対策を決定した。
 対策本部の決定事項によると、同市の東灘・灘・中央の3区の市立学校全75校を22日まで休校する。対象は幼稚園、小・中学、高校、特別支援学校で、修学旅行は延期する。また、区内の県立学校や私立学校・大学、同じ学区内に学校がある芦屋市にも休校を要請。保育所や高齢者通所・介護施設などには休 校園、休業を要請する。
 16、17両日に予定されていた市の名物イベント「神戸まつり」も、休校対象区内の16日の催しを中止、17日はメーンイベントの「おまつりパレード」など、すべての行事を中止する。市の公共施設については、入り口で衛生管理を呼び掛けた上で開館するという。
 矢田立郎市長は「的確かつ迅速に対応することで、感染の拡大が起こらないようにしたい。情報を共有して、総力を挙げて取り組む」と指示した。
 ◇冷静に対応を 症状は「季節性」程度
 元世界保健機関鳥インフルエンザ薬物治療ガイドライン委員会委員 菅谷憲夫・けいゆう病院小児科部長の話 神戸ではおそらくまん延し始めた段階で、周囲にも発症者がいるはず。感染源、感染ルートは分からないが、全国各地に同程度の感染者がいると考えていい。
 しかし、患者の症状はあくまで季節性インフルエンザ程度のため、個人は絶対冷静に対応してほしい。そうしなければ偏見や隔離を避けるため、発症しても隠すようになってしまう。
 感染が確定すると、現在の国の行動計画では、診断した医者も含めて隔離されたり、病院が閉鎖されたりしてしまう。今回の症状程度では、そこまでする必要はない。過剰な対策は、発見を遅らせたり、拡大させる原因になりかねない。
 また、健康な人が感染を恐れて家に閉じこもる必要はない。だが糖尿病など別な病気を持っている人が重症化する例はあり、基礎疾患をもっている人は注意してほしい。
 今回の感染発覚は水際対策では完全に防ぎきれないという証拠だ。今後は水際対策より、早期の治療、診断を進めなければならない。

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2009-05-10

2009/05/10 (日) パンデミック

 パンデミック(pandemic)とは日本語で『感染爆発』と訳す。意味は『感染症が世界的に大流行』する事だそうだ。今、巷(ちまた)に豚インフルエンザがこの世界的大流行寸前に迄来ている様だが、パンデミックは、インフルエンザ(influenza)に限らず、どんな感染症(infection)でも、世界的に大流行すれば全てパンデミックという事になる。

 さて、この豚インフルエンザ、日本人にも初の感染者が出たとニュースで繰り返されている。それ以前からも、疑わしい人は詳しい検査で豚インフルエンザでないと確定する迄、隔離(isolation)するという、水際対策が採られている。これら日々のニュースを聞いていて、豚インフルエンザでなかった人はそれで良いのだが、「何何型インフルエンザであった」という報道を聞くと、それ以外の通常のインフルエンザに罹っている人がこんな季節でも意外と多い事に内心驚いている(おまけに、季節性インフルエンザが原因の死亡者数も多い時で年間1万人もいるという)。未だ感染に注意しなければならない自分としては、季節に惑わされる事なく、常に注意しておいた方が無難だと思ってしまう。その一方で、簡易検査で急遽隔離された人達の気分は心身ともに大変だろうなと推察する。

 かつて自分が入院していた時、一度だけMRSA(methicillin-resistant Staphylococcus aureus:メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)検査に引っ掛かってしまった事がある。MRSAは院内感染(hospital infection)で非常に有名な菌であったが、先生の説明によると「陽性(positive)なので保菌者(carrier)ではあるが、発症はしていない状態」との事だった。しかし、陽性と判明した次の瞬間から、院内でセミ隔離扱いを受ける事となった。

 体温計は入院患者一人に付き一つ専用にあったので問題はなかったが、日に3回ある血圧測定では、いつの間にか私専用の測定器が部屋の片隅に置かれていた。私が偶然触れてしまった器具(共用の物品)等に関しても、ナースは私に気付かれない様にササっと消毒綿で拭いたりするのも何度も見かけた。配膳後の食器の引き取りも別に取り扱っている気配であった。ナースも私の担当医も、私の部屋に入る前後の手等の消毒は、それまでちゃちゃっと済ませていた人も丁寧に慎重に行なう様になった。他にも色々あったのだが、その時はトイレ付の個室だったので、ナース達も私への対応が比較的楽だったのではないだろうかと、個人的には考えている。

 MRSA院内感染で死者のニュースも良く聞いていたので、病院側が院内感染予防に最大限の注意を払っている事は頭では分かっていたつもりだが、発症していなかったせいか、『何かの間違い(検査の間違い)ではないのだろうか?』『ここまでしなくても……』と、なんだか自分自身が“ばい菌扱い”されている様で、いい気はしなかった。
※その時の記録参照:『2006-07-21 (金) Aコース(3回目) 17日目 MRSA陽性?

 化学療法(chemotherapy)の長期入院で、感染予防をずっと教育されて、こまめな手洗い・うがい、なんでも消毒、消毒(disinfection)といった環境(患者だけでなく、患者に接する人にも徹底する様な環境だった)に慣れてきていた自分でさえ、このセミ隔離状態に戸惑ってしまったのに、今回の豚インフルエンザの流行で、健常者がいきなり完全隔離状態となったニュースを聞くと、なんだか自分が緊急入院を余儀なくされ、いっぺんにそれまでの生活(習慣)が激変してしまったあの時の様な、そんな衝撃を受けているのではないだろうかと、考えてしまう。
※これは最近秘かに話題になっている肺結核(pulmonary tuberculosis)と判明した人も、ある意味、似た状況にいるかもしれない。

  豚インフルエンザでなかった人も、陽性だった人も、結核の人も、早く回復して、元気に通常の生活に戻られる事を祈ります。

2009-05-04

2009/05/04 (月・祝) 髪の毛は1年に15㎝伸びる?

 抗癌剤(anti-tumor agent)等の影響で体中の毛が抜け落ちてしまうのは、いくら先生やナースから「必ず生えてきますから」と言われても、結構辛いものがある。髪の毛は勿論の事、あらゆる毛が抜けてしまう。そしてまゆ毛、まつ毛等迄もが全て抜け落ちてしまってからは、まともに自分の顔を鏡で見る事は滅多に無かった。まつ毛もない顔は、いくら抜けると聞いていても異星人の如く異様で、自分の顔を見るのが怖い位だった。

 その頃は対面的にも、いつも毛糸の帽子を目深にかぶっていた。これは、見られたくないというのもあるが、自分がこんなにショックを受けているのだから、そんな姿を見せて驚かせない方が、心配して見舞ってくれる人に対してもいいのではないかという思いもあった。その反動という訳ではないが、退院後、未だに髪を切らずに伸ばし続けている。

 さて、前回は、去年の髪の毛の状態をまとめたが、切らずに伸ばしている毛先は、相変わらずくるっくるのままである(写真)。さすがに長くなってきたのでクシで梳かしているが、もつれた毛を無理に抜いてしまう様な事はもうしていない。そのせいか、去年薄くなりかけていた頭頂部分は元に戻ったみたいだ。それに今は、引っ張っても、そう簡単には抜けなくなってきている。それどころか、今は1本を無理に抜こうとしても痛いし、ましてや、10数本まとまって簡単に抜けてしまう事は無くなっている。そんなに毛根が太くなった様には感じないが、しっかり根付いてきてくれているのかもしれない。

 そこで、現在の様子を写真に撮ってみたので、完全に抜けてから2年半経つと、どの位伸びるかの参考として載せておく

 髪の毛のカールした部分を伸ばして、その長さをはかると、30cmから、長いもので36.5cm位ある。『2008/02/18』の記録で、1ケ月に1.25cm位伸びるみたいだと書いているが、自分の場合は現在もその調子で伸びている計算になる。

 全体写真は、現在髪を下ろした時の長さの参考として写したものだ。これを撮影するにあたって、髪の毛をまんべんなく梳かし、均等にどこにも分け目ない状態で写そうと思った。しかし、写真を見ても分かると思うのだが、顔に当たる部分、即ち顔全面(額より上の部分)の髪の毛の伸び方が遅い様な気がする。
※ 前髪は余りカールしている様には見えないが、洗髪後等の濡れた状態では、くるっとカーブしている。
※顔が隠れてくれないので、この写真では、マスクを2枚重ねで目の所にも装着して撮っている。

 もう一度断っておくが、抗癌剤と放射線(radiation)治療で完全に脱毛(alopecia)してしまってから今日に至る迄、生えてきた髪の毛を一度も切った事が無い。同じ速度で伸びたのならば、もう少し顔の部分を髪の毛が覆っても良さそうと感じてしまう。試しにものさしを当てて測ってみたが、額の生え際辺りの髪の毛が例えば短めの30cmの長さだったとしても、顎の下まで伸びていてもいい筈なのだが、何度梳き直してみても、写真の様な状態にしかならない。同じ頭髪と言っても、その伸び方にはどうやら差があるらしい。もっとも個人差もあるだろうから、全ての人に当て嵌まるのかどうかは不明だが。。。

 髪の毛が全部抜けてしまっていなければ、こんな変な事に気がつかなかっただろうが、実に興味深い現象だ。。。なんちゃって?!

2009-01-10

2009年01月10日 観劇で感激?!

 このお正月、友人に誘われ、K都の南座で観劇する機会があった。何でも、招待券が手に入ったとの事で、本格的な歌舞伎ではないが、歌舞伎を題材にしたもので、お弁当付きという。

 南座なんて、久しぶりだ。大人数の集まる場所で長時間の観劇は、風邪とかの感染のリスクがあったが、K都でインフルエンザ流行のニュースはまだなさそうであったので、行ってみる事にした。それに自分は日本の伝統芸能が嫌いではない。

 原作は有吉佐和子。自分は見ていないが、何年か前にNHKでドラマ化された『出雲の阿国』だという。どんな風にアレンジされているのだろうと、ドキドキワクワクしつつ、友人と南座へ向かった。

 入り口でお弁当を貰い、中に入る。せっかくデジカメを持ってきていたので、場内も記念撮影。そしていよいよ舞台が始まった。南座で行われるとあって、歌舞伎仕立てなのかと思い込んでいたが、すぐに我々の勘違いである事が分かった。分類するのなら、演劇であった。しかし、内容は三幕構成の大作で、歌舞伎誕生の歴史を知る事が出来、とても見ごたえのある劇であった。

 ところで、第一幕終了後に30分の休憩があり、観客は自分の座席で幕の内弁当を食べる様になっていた。入り口で渡された、その小振りのお弁当は、普通だろうと思っていたが、お正月仕立てで黒豆やカズノコも付いた、結構豪華版。しかも、味も良かった。

 今年は特におせち料理を用意せず、単に餅を入れただけのおすましやおみそ汁をお雑煮代わりにして、気持ちだけお正月の祝いをしていた。今年はこれでおしまいと思っていたのだから、思わぬ形でお正月料理を味わう事が出来、その意味でも非常に満足な観劇となった。

 出不精であるが、たまに外へ出かけるのも悪くない。

2009-01-08

2009年01月08日 今年のビックイベント

 相変わらず、何も出来ずに一日が過ぎていく日が多いが、年末に今年の手帳を探しに、ちょっと出かけた。そしてお正月から、ぼちぼちとその手帳に、去年の手帳から色々必要事項を転記している。

 毎年繰り返される事、今年の予定、その日だけは忘れずに思い出したい日等々……。そして自分の中での、今年のビッグイベントは、皆既日蝕(皆既食 total eclipse:太陽が月の影にすっぽりと隠れる)だろうか? 

 今回完全な皆既日蝕が見られるのは、南の一部の地域のみだそうだが、それでもほぼ皆既に近い所まで、日本各地で日蝕が見られるのだ。日時は2009年7月22日9:50頃から12:20頃までの間だ。だいたい午前11:00過ぎから11:10頃までが、太陽が最大にかける時刻となる様だ。

 次に皆既日蝕が日本で見られるのは、2035年9月2日、北陸とか北関東地方で見る事が出来るという。金環日蝕(金環食 annular eclipse:太陽の中に月の影がすっぽりとおさまる星の位置関係なので、太陽の輪郭だけが月の影に隠れずにリングの様に見える)ならば、2012年5月21日と2030年6月1日に、日本で見る事が出来るそうだ。

 去年や一昨年は、こんな先の事を手帳に覚え書きする気すら起こらなかったが、漠然と楽しみにして待つ気が起こってきた。あんまり目に見えて体調が快復しないので、はっきり認識していなかったが、こんな小さな事からも、元気になってきたんやなぁ、と感じている。

  今年の皆既日蝕、晴れたらいいなぁ~

2008-12-01

2008/11/30 (日) 足の爪はネコの爪?!

 その後の足の爪の記録を少々。

 入院後、きつい化学療法(chemotherapy)を何度も受けるうちに、手足の爪には横縞が生じ、変色していき、更に足の爪は、横縞に沿って凹凸も出来、しまいには、ある程度爪が指先から伸びてくると、ポロリと剥がれる様になった。入院中、使用された薬剤が完全に体から抜けるには、2年位はかかるだろうと聞かされていたが、手の爪は足に比べると、成長が早い分、退院後比較的早い時期に、ほぼ正常に戻っている(爪自体は少し脆く弱くなった等、まだ完全ではないが、色も横縞も無くなってきれいな色になっている)。

 足親指の爪は、成長するのに時間がかかる為、現在は随分マシになったとはいえ、未だ横縞、凹凸、変色が少々残っている(親指の爪は根元から半分位はほぼ正常な色形になってきている)。また、入院後期に悩まされた、足親指の巻き爪予防には、深爪をせず、親指の指先からはみ出て伸びた分だけ爪を切る様にと指導されていたが、それを守ろうとしても、そこまで伸びる前に、勝手に爪の先端が指からポロリと勝手に取れてしまい、しかも、足親指の先端から4分の1から3分の1位が、生爪が剥がれたかの様に爪下の皮膚がむき出しになってしまうというのが、退院してもずっと続いていた。

 最近では、足親指の爪が随分伸びても、ようやく勝手に剥がれる事が無くなり、それでも切らずにいたら、靴下に当たって穴を空けてしまう位に伸びてきたので、退院後としては初めて足親指の爪を爪切りで切り、今後はもう剥がれ落ちる事はないのかなと思っていた。

 ところで、2週間程前、少し旅行に出て、自分では退院後初めてでないかと思われる位、たくさん歩いた。身体の疲労もさることながら、右足親指の隣、2番目の指の爪は内出血を起こしてしまうほど負担がかかっていた様だ。この影響は、他の指爪にも起こっていたとみえ、今日、急に左の靴下の中で何かが当たると感じて、脱いでみると、靴下の中から、大きな爪のかけらが出てきた。足親指の爪の先端が取れていたのだ。

 今回は、爪の下の皮膚がむき出しになるほどではなかったので、かなり正常に近づいてきたのだとは思うのだが、勝手に爪が先端から剥がれ落ちるなんて、まるで猫の爪の様だな、と思うと、なんだか少し可笑しくなった。

2008-06-25

2008/06/20 (金) 足の爪色が?

 旅行疲れで丸一日以上ダウンしていたが、金曜日の夜、風呂上がりに久々に足の爪も切ろうかと思い、パチンパチン切っていると、左足の爪のうち一本がなんだか色が違うのに気が付いた。左足中指の爪のある部分だけ赤くなっているのである。白熱灯下で爪を見ていたので、見間違いかもと思い、念の為、蛍光灯下へ移動して確かめたが、やはり赤かった。良く見ると、爪ではなく、爪直下の皮膚の色が他の指より赤くなっている(写真)。旅行前は気が付かなかった。一体いつ頃からなのだろう?

 不注意でどこかにぶつけたりするのは昔からちょくちょくやっていて、その為、今を思えば白血病(leukemia)の典型的な症状の一つである内出血(internal bleeding)様のあざ(bruise)が、ぶつけた覚えもない腕等に頻繁に出てきた時も、どこでぶつけたのだろうか、という程度にしか注意を払わなかった。内出血の跡が出てくるというのは映画やドラマではよく表現される症状で、よく知ってはいたのだが、我が身に起こると考えていないと、そういう前兆も見逃してしまうものなのだろう。

 最近も、どの指だったか覚えていないが、どこかにしこたまぶつけて「うっ……」とうめいた様な気がするのだが、中指というのが解せない。自分の場合、たいてい足の端の小指が多く、かなりきつくぶつけてしまっても色が変わる事は殆んどないという気がする。今まで、ど真ん中の中指をぶつける事はなかったと思うし、ぶつけた事による内出血なら、もっと暗赤色になるか、血豆が出来ているというイメージなのだが、明るい澄んだ感じの赤色である。それにぶつけたのなら爪以外の周りの部分も腫れてそうな気がするのだが、爪の所だけ一様に赤い様に見える。ちょっと爪を押してみるが、痛いかなぁ(?) という程度、熱も持っていない。両足の指の形・太さも比べてみたが、同じに見える。ただ、縦方向に爪が割れているので、やはりどこかにぶつけた可能性も拭いきれない(以前見た時、爪の縦割れなど無かった)。

 ちなみに、私の足の指(の長さ)は人差し指(第2趾)が親指より長い形、いわゆるギリシャ型であるが、今回の旅行では足に合った、ほんの少しだけ大きめの運動靴を履いていった。結果的に普段よりは随分と歩いた事になるが、靴ずれは起こさなかった。しかし、中指も親指と同じ長さか、むしろ長い位なので、もしかしたら物理的に運動靴のつま先の方で当たって、靴ずれを起こしていたのかもしれない(旅行中、一度も痛いと感じた事はなかったのだが)。もしそうなら、急に変色した時期も、爪の縦割れ原因も、素直に理解出来る。この可能性が一番高いかも。。。

  ところで、下肢については、確か、糖尿病(diabetes)か何かの病気で脚の血流が悪くなっているのに気付かず、油断していたらとか余り気にせずに放っておいた結果、気づいた時には壊死(ネクローシス:necrosis)していて(壊死の場合は変色部分はもっとどす黒い色になる筈)、足の指や脚を切断しなければならない事がある、等という要らん知識が頭をよぎる為、足の爪色を気にし出したら、強迫観念からか、何だか痛い様な気もしてきたが、5日程経った現在もまだ現状維持で変化無し。なんか手当をしてやりたいのだが、どうしたら良いかさっぱり分からない。ぶつけた等、物理的原因によるものだとして、足の爪の部分だけに、治るのに時間(数ヶ月程)かかるのだろうから、気長に観察を続ける事にしようと思うが、精神衛生上、宜しくないので、次回通院時に、先生に訊いてみようと思う。

2008-06-24

2008/06/18 (水) ノーザンホースパーク

















 最終日は、フライト迄(夕刻)、随分時間が余っていたので、新千歳空港から無料の送迎バスが出ているという『ノーザンホースパーク』へ行ってみた。パークは薄曇りで、少し寒い位のお天気であったが、時折、青空が顔をのぞかせ、木漏れ日がすがすがしい、新緑の季節を迎えていた。


 徒歩で回るには広大なので、自分は馬車に乗ったり、プチトレインというかわいい電車型バスに乗ったりして、園内の新緑を満喫した。園内のあちこちで、学生や観光客が、パターゴルフやテニス、ストリートバスケットに興じたり、面白自転車を乗り回して、これまた気持ち良さそうである。パークも午後2時を過ぎると閑散として、非常に静かになった。













 5分位ならいいかなと、引き馬の馬にも乗ってみた。お馬さんの毛はとても柔らかくて手触りが良く、優しい顔と、長いまつ毛の大きな目が印象的だった。先ほどの馬車等でだいたい何処に何があるのか分かったので、自転車を借り、引退した競馬の馬を見に行ったり、ポニー広場に寄ったり、好きな所のベンチで休憩したり……

 
 今回の旅行では、体力的には非常に疲れてしまったが、無事何事も無く、最後日に自分の大好きな、そして自分の理想に近い、美しい新緑の木立を散策出来て、幸せであった。

2008-06-21

2008/06/17 (火) 旭山動物園

 2日目は、『旭山動物園(Asahiyama Zoo)』へ札幌から日帰りのバスツアーに参加した。思った以上にこじんまりとした、小さな動物園だった。動物園なんて、何年ぶりだろう。おまけに、今、日本で一番有名な動物園だ。バスガイドさんによると、前日の月曜日は非常に混んでいて、バスツアーの参加者も多く、バスを3台も用意したが、今日は1台で済み、動物園も通常よりすいているという。

 3時間弱の自由時間があり、好きにゆっくり見て回ったが、殆んどの動物舎で色んな工夫がされており、上から、下から、横から、小さな隙間から見学する(覗く)事が出来る様になっていて、一種類の動物を色々な角度で何度も楽しんで眺める事が出来る。人気のアザラシ館では、見に来る人、皆が、垂直に作られたアクリル製のトンネルをアザラシが気まぐれに通過してくれる瞬間を待ち構えており、通過してくれる度に歓声が起こっていた。今日はすいているという事だったので、私はずっとアザラシ館の垂直トンネルの前に貼り付いていて、写真撮影に没頭したが、それでも人が多いので、スッと通り抜けてしまうアザラシの全身を捉えるのはなかなか難しかった(要するに、場所を確保すると、自分のカメラがトンネルに接近し過ぎてしまう為、大人のアザラシだと、ファインダーに納まりきらない)。かなり長いこと居たので、1、2度だけ、茶目っ気たっぷりのアザラシ君が一頭、垂直トンネルの途中にとどまって、私たち観客の様子をじっと見まわして、トンネル内をくるくる回転する様子に遭遇する事が出来た。トンネルを通過するのに一喜一憂するヒトの様子を、逆に観察されてしまっていたのかもしれない。

 空飛ぶペンギン(実は水中を飛ぶ様に泳ぐペンギン)も可愛かった。もちろん、他にトラやキリン、サル、レッサーパンダ等、陸上動物もいたのだが、途中からカメラのバッテリーの調子が悪くなってしまい、撮る気満々で替えのメモリまで持参してきていたのに、写真が一杯撮れなかったのが少し残念であった。

 ツアーに行く前は、ばててしまうのではないかと不安に思っていたが、小さな動物園で、一つの所でじっと見ていても飽きない、いい動物園だったと思う。多分、全部回っても、そんなにばてないのではないだろうかと思う。車椅子で見学されている人も何人も見かけた。テレビでよく取り上げられるせいか、通常はもっと人が多いそうなのだが、体力の弱ってしまっている人(病上がりで体力に自信のない人)でも、人混みにいても大丈夫な人なら、行って生で実物を見る、一見の価値はあると思う。

2008-06-20

2008/06/16 (月) 北の国から

 ひょんな事から、北海道で一人旅する事になった。本当は初の兄弟のみの旅行の筈だったのだが、急に決まり、慌てて予約を入れた途端、中止になってしまった。自分の予約はキャンセル料を払わなければならない期間に入っており、そのお金でもう一泊出来る位であった。そこで、前回の検査結果も良好だった事もあり、もうそろそろ復帰(復職)へ向け、どれだけ体力が回復しているか確かめる意味も兼ねて、一人で旅行してみる事にしたのだ。

 深夜型になっていたので、朝一番の飛行機に乗り遅れない様に起きられるかが不安で、出発の3~4日前から、早く起きる訓練をし、緊張しながらその日を迎えた。

 無事、新千歳に着き、そこからバスで札幌に着くと、街のあちこちで華やかに飾りつけられた、色々な種類の祭りの山車と人達が練り歩いていた。なんでも、北海道神宮例大祭の最終日だそうで、毎年この3日間、行われると運転手さんから訊いた。という事は、毎年6/14-16という日程になるか。偶然とはいえ、なんだかとても得した気分になった。

 たくさんあるらしい山車は、祇園祭の様に、連なって行進している訳ではなく、最初、バスから偶然出くわした時、ラッキーと思っていたら、それで済まず、バスを降りた後も、ホテル迄ぶらぶら歩いて行くうちに何度も出くわし、その度に違う山車だった。今年見た自分の住む地区のだんじりとは違い、ぴーひゃらひゃらと笛を吹いたり、唄を歌いながらゆっくりと曳かれていく。

  なんだか今年は祭りと山車に縁があるか年なのかも?