2011-03-13

2011/03/ 13 (日) 東北関東大震災、献血のご協力を!

マグニチュード9.0、世界史上4番目という未曾有の大地震が東北・関東地方で起こり、甚大な被害が出ており、大津波による、目を覆いたくなる様な被害には、ただただ、被災者の皆様のご無事を祈る他ありません。

・ 震災直後の日本全国の震度(気象庁)

・ 三陸沖津波観測情報(気象庁3月11日15時25分)

・ 大津波の津波警報の発表(気象庁3月11日16時08分)

・ 三陸沖津波観測情報(気象庁3月12日00時45分)

・ その他、googlejapanGeo-Eye 社の人工衛星GeoEye-1 撮影の、地震発生前後の衛星写真 http://goo.gl/E8iwL (Picasa ウェブアルバム)

※↑見る事が出来ない場合は、毎日新聞の頁
 http://mainichi.jp/select/jiken/graph/20110313google/1.html 


地震もさることながら、津波に木の葉の様に翻弄され、押し潰される家々や車、現実に起こっている事とは俄かに信じられない映像が次々とTVから流れ、心潰れる思いです。


被災者の皆様には心からのお見舞いを、不幸にもお亡くなりになられた方々には哀悼の意をお伝えしたいと思います。


自分でも何かしたい、出来る事は何か? と考えました。そして、もしこのブログを見てくれた人がありましたら、どうぞ、【献血にご協力下さい】、とお願いしたいと思い立ちました。

※献血出来る場所は以下の日本赤十字の頁にアクセス下さい。

http://www.jrc.or.jp/donation/index.html#Map1 


非常に多くの人が被災している現在、間違い無く献血(blood donation)する人も少なくなっているでしょうから、今後、被災地は勿論の事、全国的に献血が不足する事は必至と思われます。手術(オペ:operation)や応急処置、治療(medical treatment、therapy, cure)等に確保する必要があると思いますので、このブログで、献血ご協力のお願いを呼びかけたいと思います。この大震災で、何かしたいが何をしたらいいか、何から始めたらいいか分からないと思っている方がおられましたら、どうぞ、献血という手段での応援もお願い致します。献血は被災者のみならず、現在治療中や不慮の事故に遭われた方にも役に立ちますので、是非献血にご協力願います。

※献血場所 http://www.jrc.or.jp/donation/index.html#Map1


新型インフルエンザ(A H1/N1 influenza)が大流行した折、献血が不足して困っているというニュースがありましたが、悲しきかな、自分は献血が出来ません。何故なら、血液の癌(cancer)と言われる白血病(leukemia;leukaemia)を罹病した為、現在治療を終え退院してはおりますが、今後献血は一生出来ないと言われているからです。かつて白血病で入院中、自分も大変お世話になった輸血(blood transfusion)なのですが、その恩返しの献血すら今は出来ないジレンマ(dilemma)があります。それならばせめてと思い、『献血にご協力を』という呼びかけをしようと思いました。


血液(blood)には寿命があり、献血の赤血球(RBC:red blood cell)で3週間、血小板(PLT:platelet)では3~4日間位しか保存出来ないのですが、血漿(blood plasma)は凍結すれば1年、私が何度かお世話になった『献血ヴェノ・グロブリン(Kenketsu Venoglobulin)』では使用期限が2年等、献血から作られる保存期間の長い血液製剤(blood preparations;blood products)等もあります。一方で、一度献血すると、献血の種類にもよるのですが、次回献血出来る迄、2~16週間の期間を開ける必要があり、頻繁に出来る類の物ではありません。ですから、思い立った時でいいので、献血のご協力をお願い致します。そして、継続的に献血して下さる人が増える事が、何よりも有り難いと思います。 また、新型インフルエンザの時は【B型の血液】が特に少ない、と聞いたので、特にB型の人のご協力も、と呼びかけたいと思います。

※ 献血血液がどの様な検査を経て医療機関に届くか、また血液製剤の種類やその有効期間については、東京都赤十字センターの『血液のゆくえ』をご参照下さい。

※ 献血の種類別の採血基準と、次回いつ献血が出来るのかの間隔については日赤の『献血基準』の頁をご参照下さい。


自身も急性白血病(acute leukemia;AL)で長期入院(hospitalization)を経験している為、被災地で現在、白血病で入院中の患者さん達はどうなっているのだろう、さぞかし不安な状態であろうと想像され、胸が詰まります。治療中の人は感染(infection)予防の為、病室から出ずに安静にしている・或いは病室から出てはいけないと言われている人が多いと思うから、また、頻繁に輸血(blood transfusion)が必要な時も多いのに、血液を病院に届けるのもままならない状況(輸送路等)なのではないかと思うと、尚の事、胸が痛みます。


話は少しそれてしまいましたが、輸血が必要な人は、別に白血病の患者さんに限った事ではありません。被災地のみならず、他の病気や手術や大怪我をして大量出血した人等、多くの人に必要であります。


だから、どうぞ、何かしたいと思っている方々、献血にご協力をお願い致します。


そして、ご賛同頂けた方は、どうぞ自らも【献血にご協力を】と宣伝して頂けると有り難いです。口伝でもいいです。ツイッターやブログ等の手段をお持ちの方は、リンクして下さっても、自ら発信して下さってもいいですので、是非【献血にご協力を】と宣伝して下さい。当ブログは訪問者が少ないので、皆様のご協力で、献血の輪が広がっていけば幸いと願っております。


最後に、被災者の皆様、どうぞご無事で、今はお辛い時期でしょうが、どうぞ皆と協力し合って、この局面に立ち向かって行って下さい、と心よりお祈り申し上げます。


※【生亜紫路2006】にも、同文をUp

2011-01-16

2011/01/ 16 (日) 退院丸4年 退院後のネオーラル処方の経緯

 お陰様で、退院後丸4年を迎えた。骨髄移植Day 1,530になる。

 最近、殆んどブログ更新をしていないが、免疫抑制剤(immunosuppressant)のネオーラル(Neoral)は1年前と変わらず、9時と21時に各25mgずつ服用中だ。

 今回も、退院から今迄のネオーラルの増減をまとめておこうと思う。
・ 2007.01.16退院直後時点: 125mg/日 (朝75+夜50mg)
・ 2007.01.29時点: 100mg/日 (朝50 +夜50mg)
・ 2007.02.27時点:  75mg/日 (朝25 +夜50mg)
・ 2007.05.14時点:  50mg/日 (朝25 +夜25mg)
・ 2007.10.01時点:  25mg/日 (朝25 +夜 0mg)
・ 2007.10.30時点:  0mg/日 (朝 0 +夜 0mg)
・ 2007.12.27時点:  50mg/日 (朝25 +夜25mg)
・ 2008.06.02時点:  25mg/日 (朝25 +夜 0mg)
・ 2008.10.07時点:  50mg/日 (朝25 +夜25mg)
・ 2011.01.16の現在も50mgのままで、丸2年15週間経過
※2007.12.27と2008.10.07に50mg/日に戻っているのは、ネオーラル減量が原因で始まった肝機能値(liver function)の悪化が止まらなかった為である。

 手の急なこわばりの治療の為に飲み始めたステロイド(steroid)のプレドニン(Predonine)の量は、2009年8月25日に10mg/日から服用開始し、2010年2月3日から徐々にその量を減らし始めてきていたが、2mg/日になったあたりで肝機能値が不安定になってきた為、現在減薬が2mgのまま停滞している。

 もう自分以外にこの日が退院日だったという事に気付く人はいないだろう。それでも、無事にこの日を迎えられた事を祝うべく、亡き父のブランデーで一人祝杯をあげる。やはりとってもうまい。。。

 肝機能値が不安定になってきているのに、何かに付け理由を付けては飲もうとする所が酒飲みの悪い所かもしれないが、美味しくて幸せになる。体の痛みも少し和らぐ気がする。願わくば、大酒飲みだった母親の『鉄の肝臓』も自分に遺伝して欲しかった所 (自分は母程お酒に強くない為) だが……等と思いながら、昨年同様、両親の写真にも報告。。。ありがとう☆

2010-08-26

2010/08/26 (木) 残暑お見舞い申し上げます

 初めての退職で、なにやかやと面倒な手続のなんと多い事。。。 やっと目途が経ったかと思えば失業保険で問題発覚! 等々……、その対応策にまごついているうちに、気が付けば8月ももう中旬を過ぎてしまった。皆さんは如何お過ごしであろうか? 今年は暑いですね。

 退職関係で忙殺される中、通院記録も更新出来ずにこれだけ間が空いてしまうと、一つ書くのに下調べ等、時に大変時間と労力が取られる事が多い為、もうこのまま止めてしまおうかとも何度か考えた。

 もっと気楽に書けばいいと思う事もあるが、病気に関する記事が多い為、かつての自分の様に、たまたまネット検索で訪れてきた人に、出来るだけ正確な情報が得られるページでありたいと願ってしまう、そんな自分の性格上、生半可な事は書けない。。。 しかし、最近思考能力も落ち(??)、体がだるい日も多いので、書こうとしては断念するの繰り返しで今日に至ってしまった。『別に、誰かからコメントを貰う訳でも無し……、ブログを一つ仕上げるのにも結構体力が要るし……もう止めちゃえ!』と内なる声が囁く。。。

 そんな格闘の中、非常に遅ればせながら、通院記録だけでもアップしていこうと思い直した。もしかしたら、同様の病気に悩む人が偶然に自分のブログを訪れ、更なる情報を知りたいと思っているかもしれないし、自分がこの病気になったと分かった時や退院(discharge)後等は、とにかく出来るだけ自分に近い症例の人をネットで探し、その人がどうしているか、どう対処しているか、その後はどうなったのかが知りたかったからだ。

 例えば急性白血病(acute leukemia;AL)の項目でも一杯情報は得られるのだが、一番得たいのは、自分と同じ、成人(adult)での急性リンパ性白血病(acute lymphocytic leukemia;ALL)の事(※小児でのALLは、成人ALLとは治療法が異なり、専門書でも別項目として扱われている)。そもそも白血病(leukemia)に罹る人の数が少ない上に、成人での急性リンパ性白血病罹患率(morbidity rate)は急性骨髄性白血病(acute myelogenous leukemia;AML)よりも更に少なく、また、罹った人が全てブログやHPを書いている訳ではないので、ピンポイントの情報はなかなか得られるものではなかった。自分と同年代、同性の記事を見つけたら大・大・大収穫であった。願うらくは同じ治療(medical treatment)を受けた人の情報が一番知りたかったが、自分の受けた療法は、当時日本ではまだ5年そこそこの治療法だったせいもあり、そう簡単に見つからなかった。

 そんな経験もある事から、どれだけ参考になるかは分からないが、又、コツコツと書き始めてみようと思う。日付は前後してしまう事になるが、このブログは日付を指定すれば、過去に遡ってアップ(日付指定)出来るので、通院日等に合わせて過去の分もアップしていく予定である(あくまでも予定である、予定である、予定である……)。

 では、皆さん、まだまだ暑い日が続いているので、くれぐれも熱中症(heat stroke)にはご用心を。

2010-03-27

2010/03/27 (土) 初発入院後丸4年

 本日で初発入院後、丸4年となった。日にちにして1,462日、骨髄移植(bone marrow transplantation;BMT)後Day 1,235だ。

 急性リンパ性白血病(acute lymphocytic leukemia;ALL)で緊急入院・治療以降、再発(recidivation)はしていない。何の根拠も無く、5年は大丈夫だと入院当初から確信しているのだが、色んな事があり過ぎて、入院したなんて、遠い昔の様な気さえする。

  最近は、全身の痛み(pain)が強くなって来た様で、結構辛いのだが、無事に生活出来ている事に、感謝感謝。

2010-03-07

2010/03/07 (日) まだまだ用事が終わらない

 勤務は3月2日に終えたのだが、その為にかなり無理をし続けていたので、全身筋肉痛(myalgia)、及びひどい疲労(fatigue)でかなりぐったりしてしまっている。それに加え、どうしてもしなければならない用事がまだ少々あり、明日は通院日だというのに、先月の記録も未だアップ出来ていない。

 まぁ、目下、無期限の長期休暇に入ったのだから、もっと落ち着いたらゆっくりとまとめていこうかと思う。

2010-03-04

 2010/03/04 (木) やっと終わった

 一昨日を出勤最終日とし、昨日歓送会をして貰い、やっと大きな山を越えた気分だ。

 次年度に向けて年次有給休暇を出来るだけ温存していた(最大20日間繰り越せる)のだが、残念ながら契約更新ならず、もう次年度に使う価値が無くなってしまった。今迄減給覚悟の上で、病欠扱いとなる寸前迄欠勤を切りまくって何とか勤務を続け、年休を残していたのだが……

 もう無理をして勤務する意味が無くなったと分かってからは、一日でも早く体を休めたいと思いが強くなった。最近痛み止めも余り効かず、特に頸等は膏薬を貼らないと、痛くて堪らなく辛くなってくる。そんな状態で頑張り続けて3月末の退職日を迎えるより、折角の有休等を使い切って早く職場から去ろうという思いが生じ、逆算した所、3月2日が最終勤務日となった次第だ。

 今年のカレンダーには、3月16日の所に【復職丸一年】と書き込み、HAPPYと印字されたスヌーピーのシールが貼ってある。そして今ベランダでは元実家から持って来たスミレが春の日差しを受けて満開だ。契約更新と言うHAPPYは叶わなかったが、微笑みかける様に可憐に咲いてくれているスミレを見ていると、とても幸せな気持ちになる。

2010-01-17

2010/01/ 17 (日) 現在の服用薬一覧

 現在処方(prescription)されている薬、時々使っている薬等を、また書き上げておく。尚、処方薬の量や使用限度量等は、あくまでも現在の、即ち骨髄移植(bone marrow transplantation;BMT)後1,165日目、退院後丸3年経った自分の体調等を基準にしたものなので、1つの参考と思って、見て頂きたい。

・ 『ネオーラル25mgカプセル(軟カプセル)』: 1日計50mg 
※免疫抑制剤(immunosuppressant)で、9時と21時に(つまり12時間おきに)各25mg服用。
※現在に到る迄のネオーラルの増減については『2010/01/ 16 (土) 退院丸3年 退院後のネオーラル処方の経緯』に書いたので、それを参照頂きたい。

・ 『ビクロックス錠200 (Vicclox Tab. 200)、200mg』: 毎朝1日1回1錠服用。
※帯状疱疹(ヘルペス;herpes zoster)予防薬として服用。これだけは1度の中断もなく飲み続けている。また、中止にしないでと先生に頼み込んでもいる。

・ 『プレドニン錠(Predonine) 5mg』: 1日計10mg 
※朝と晩の2回に分けて各5mg服用。朝と晩なので、ネオーラル(Neoral)服用に合わせて同じ時間に服用して良いと主治医から言われている。
※昨年、GVHD(移植片対宿主病;graft-versus-host disease)と思われる手のこわばり(stiffen)が悪化する一方なので、その改善薬として2009/8/24に処方されたステロイド薬(steroid)。
※現在服用で改善しているが、右指先の痺れだけは取れていない状態。次回通院時から減量開始を試してみようと主治医から言われているが。。。

・ 『マグミット(Magmitt)錠250mg』: 適宜。
※自分の判断(体調等)に任されている。
※便を軟らかくする薬で、1日6錠(計1,500mg)を限度として処方されているが、現在は、1日2回、各1錠(250mg)を昼食後と夕食後に服用している。今はそれで丁度いい感じである。
※プレドニンの開始後、軟便(soft stool)傾向が多くなり、また肛門の渋る感じが多くなり、一時、飲まなかったり減らした事があるが、便通が思わしくスムーズにならなくなった為、1日2錠に戻している。

・ 『ツムラ芍薬甘草湯エキス顆粒(医療用、顆粒剤)、No.68 (2.5g)』: 適宜。
※これも自分の判断に任されている。※こむら返り(twist、leg cramp)に対して、1日3袋を服用限度として処方されている。
※明け方にこむら返りを起こす事が多いが、強烈に起こる時や、日に何度もきつく起こる時等に、頓服として服用している(1日3袋を上限としている)。

・ 『フォサマック錠(Fosamac Tablet)35mg』: 1週間に1錠。
※骨粗鬆症(osteoporosis)予防(改善?) 薬で、毎木曜日、起床時1番にコップ1杯の水で服用 (30分間後から朝食をとる様に注意書きがある)。
※2007年12/6から始めた(途中短い中止期間はあったが)。
※フォサマック5mg錠ならば、毎朝、同様に服用するお薬である。

・ 『パリエット錠(Pariet) 10mg』: 毎朝1日1回1錠服用。
※ムカムカするという訴えに対し、2009年9月9日よりこれが処方されている。

・ 『リピトール錠(Lipitor) 5mg』: 毎夕食後1日1回1錠服用。
※コレステロール値(cholesterol)が非常に上昇した為、治療の為に2009年12月16日より開始。

・『ロキソニン(Loxonin)錠60mg』: 1日計3錠(180mg)。
※痛み止めで、昨年3/9の復職を前に、勤務を出来るだけスムーズに遂行出来る様にと主治医に懇願して3錠に増やして貰う。
※主治医からは出来るだけ飲まない様にと言われたが、出勤時はいつも3錠服用している。概ね先生の言いつけ通り、出勤日以外は2錠で我慢し、頸等の痛くて堪らない所には膏薬を貼って対処している。
※このところ、この痛み止めは特に効いている気がしなく、書きたくはないが身体中が痛く感じて堪らない。
※何かの感染症――現在なら新型インフルエンザ(A型 H1N1 influenza)――等に罹っていないか等、不安が生じた時に、念の為に断薬して、発熱(pyrexia、fever)していないかを、時々、自主的に確かめている。

・ 『イソジンガーグル(Isodine gargle)、7%、30ml』うがい液: 基本、1日3回毎食後。外出後等、適宜。
※サボりがちであったが、新型インフルエンザの大流行の為、少なくとも外出前後は必ずうがい(gargle)する様にしている。また、外出時は持ち歩く様にして、気になった時はいつでもすぐにうがい(gargle)出来る様にと心掛けている。
※復職後の出勤&帰宅直後にも必ずこれで直ぐうがいをして予防に心掛けている。

・ 『インサイドパップ(Inside Pap) 70mg』: 膏薬(plaster)で、適宜使用。
※2/16からカトレップパップがこれに変更されたが、白色大判肉厚な膏薬で、殆んどカトレップパップと違いは無い。

・ 『モーラステープ(Mohrus Tape) 20mg』: 膏薬(plaster)で、適宜使用。
※5/18から処方して貰っている。これはカトレップパップやインサイドパップと違って、薄手で肌色の膏薬。
※頸がかぶれてきた(rash;eru ption)ので、違うタイプをと処方して貰った。右手のこわばり(stiffen)や痛み・しびれ(numbness)が出て来た昨年8/10頃から肘や手の平に貼ったり、ハサミで適当な大きさに切って指1本1本に巻いていた。
※インサイドパップが最大5袋しか処方して貰えないらしい事から、これが無くなった時の為に備えて処方して貰っている。継続的にお願いしている訳ではないが。

・ (処方されてはいないが) アリナミン(Alinamin)等のビタミン剤(vitamin): 手持ちのビタミン剤を、特に出勤時は良く飲んでいる。
※これらのビタミン剤に関しては、先生に聞いてみた所、現在の処方薬の他に追加して飲んでも大丈夫と、一応お許しを得ている。

 その他、バクトラミン(Bactramin)は2009年4月20日に中止となり、ウルソ錠(Urso)は9月7日に600mgから300mgに減薬、10月19日に中止となった。先生が薬の量を減らそうとして、それぞれ中止となったのだが、2009年に新しく増えた薬は、プレドニン、パリエット、リピトールの3種類。プレドニン服用の影響で、残り2種の薬が増えたのだが、いずれプレドニンを零迄に減薬する過程で、これらは中止になると思われる。

  以上が、現在の処方薬である。

2010-01-16

2010/01/ 16 (土) 退院丸3年 退院後のネオーラル処方の経緯

 お陰様で、退院後丸3年となった。骨髄移植Day 1,165日になる。

 退院時の主治医の説明では、上手く経過すれば半年後に免疫抑制剤(immunosuppressant)のネオーラル(Neoral)を零に出来るだろうと言っておられたが、まだネオーラルを9時と21時に各25mgずつ服用中だ。先生の希望的観測は、免疫抑制剤の点では、上手く経過していないという所なのだろう。

 そこで、退院から今迄のネオーラルの増減をまとめておこうと思う。
・ 2007.01.16退院直後時点: 125mg/日 (朝75+夜50mg)
・ 2007.01.29時点: 100mg/日 (朝50+夜50mg)
・ 2007.02.27時点:  75mg/日 (朝25+夜50mg)
・ 2007.05.14時点:  50mg/日 (朝25+夜25mg)
・ 2007.10.01時点:  25mg/日 (朝25+夜 0mg)
・ 2007.10.30時点:  0mg/日 (朝 0+夜 0mg)
・ 2007.12.27時点:  50mg/日 (朝25+夜25mg)
・ 2008.06.02時点:  25mg/日 (朝25+夜 0mg)
・ 2008.10.07時点:  50mg/日 (朝25+夜25mg)
・ 2010.01.16の現在も50mgのままで、丸1年15週間経過
 2007.12.27と2008.10.07に50mg/日に戻っているのは、ネオーラル減量が原因で始まった肝機能値(liver function)の悪化が止まらなかった為である。ちなみに、昨年中頃に急に出始めた右手のこわばり(stiffen)が酷くなり、治療の為にステロイド(steroid)のプレドニン(Predonine)を2009年8月25日から10mg/日服用開始している。

 骨髄移植(bone marrow transplantation;BMT)を受けた人で、免疫抑制剤を零迄に減量した後、生涯飲まなくて済む人もいるというのだが、自分の場合、フルマッチの実姉からの骨髄移植だった為、主治医もそれを目標としておられたのだろう。

 自分はと言うと、移植前に色々と医者から説明を受けていたが、移植直後から起こり始める様々なGVHD(急性GVHD)を実際に体験し、退院前後から慢性GVHDと思われる症状が見られ始めていた。当然全てが未経験の事。それ故、免疫抑制剤が零になる頃には全て治まるのだろうと信じていたが、現実はそう簡単に済むものではなかった。しかし、もう後戻り出来る訳ではない。

 目下、私にとって免疫抑制剤減量は50mg/日が一つの壁となっている様だ。一方で、肝臓等の臓器移植(organ transplantation)の人は一生涯免疫抑制剤を飲み続けなければならないというのだから、薬を零にする可能性のある骨髄移植患者の自分は幸運と考える方が、精神的にもいいと考える様にしている。

 慢性GVHDも、時と共に一つ一つ良くなっていくと信じていたのだが、良くなる症状もあれば、思いもかけず急に新たに現れるGVHD(移植片対宿主病;graft-versus-host disease)もある。最近富みに体が痛く辛いという傾向が強くなってきている様にも思うのだが、通勤(勤務)を続けて来て疲れがたまって来ているのだろうと思う事にしている。

 免疫抑制剤を減薬出来ない原因は肝機能検査値不良なのだが、久しく改善しなかった肝機能値がステロイド効果で正常値に改善している。次回通院あたりからステロイドの減薬を開始しようと主治医から言われているが、それがきっかけでまた悪化する可能性は十分ある。心おきなく(??)お酒を飲めるのは今のうちだ。

  先ずは、無事にこの日を迎えられた事を祝おうと、畳んでしまったS学院の実家から持って来た、父の遺品のブランデーを開けて一人祝杯をあげた。何年振りだろう、ブランデーを飲んだのは…… とってもうまい。。。両親の写真にも乾杯して報告した。父も母も笑っている。。。ありがとう☆

2010-01-10

2010/01/10 (日) 復職してます、そして……

 2009年の日記で、ちょくちょく《社会復帰へのリハビリ(rehabilitation)》という表現を使って来た。回りくどい書き方をしてきたが、実は、昨春3月中旬に復職している。なので、2009年春以降のブログ内での《社会復帰へのリハビリ》というセリフを《出勤》に変えて貰えるといいかもしれない。
※ 当時、“復職”と書かないと決めた為、時折《社会復帰へのリハビリ》というセリフで表現してきたが、実際に復職した事を説明していない為、本当は書きたかった復職後の悩み等を説明しきれず、このブログでは省略して掲載しなかった事項も多い。

 復職は、週5日のフル勤務ではないという事もあるが、果たして、途中ダウンせずにちゃんと続けられるだろうか、という不安もあり、職場の人以外では、姉も含め殆んど誰にも知らせていなかった。自信が持てる迄は、安易に復職報告をしないでおこうと決めたのだ。

 自分の職種は、手先を使う細かい作業をする技術系、毎年契約更新という形で、週5日の裁量労働勤務をしていたが、病気で長期休職せざるを得なくなった。しかし、ボスは休職中も契約更新をしてくれ、戻る場所があるという事は、闘病中でも非常な励みになり、職場復帰の折は、是非ご恩返ししたいと思っていた。ただ、自分の休職が長引いた為、自分のポストには派遣ではなく、代わりの技術系職員を新たに雇う事になってはいた。

 休職も長期になってくると、ボスのご厚意に甘えてこれ以上休職延長するのも心苦しいという気持ちが湧いてきたが、どうしても体力その他に自信が持てず、休職延長届を、昨春も出したいと願っていた。しかし、その1年程前から、主治医が(自分の生活を考えての事でもあるのだが)もう復職を考えてはと勧め始めた。復職の決定打は、主治医が、見た目元気そうな私に対し「もういいんではないか?」と言って休職延長用の診断書を書いてくれなかった事である。

 主治医にも話したのだが、元気そうに見えるという事は、自分の病気を知っていてくれる人に対し心配を掛けずに済むという点で、非常に有り難い事である。「元気そうね」と言われ、敢えて「だるく、節々が痛み、しんどい」等とは言わず、「お陰様で」と答えれば、とても喜んで貰える。しかし、復職となると、話は別だ。仕事を任される以上は責任を持ってこなさなければならないので、途中でダウンする事態は避けたい。一番心配しているのは「本当は元気なのに、病気を理由にサボっている」と見られるのではないかという不安である。つまり、“痛み”や“だるさ”は見た目では分かって貰えないという事である。母もこの悩みをよく言っていたが、その時は頭で理解したつもりではいた。しかし、本当にこの辛さを知ったのは、自分自身がこの病気になって以降だ。身をもって体験しないと分からないという事は、こういう事なのかもしれない。

 主治医が診断書を書いてくれなかった為、復職する事になったが、ボスは産業医や事務と色々相談して最善の職場復帰を探してくれおり、週4日勤務という、新しく出来た勤務形態を用意してくれていた。ボスには事前に、始めは週3日位からなら、なんとかやれるだろうと伝えていたのだが、週4日の勤務形態でも、有給休暇と、給金が減る覚悟の上で欠勤も使えば、週3日で始められると分かり、何とか自分の中でも復職の覚悟が出来た。もうこうなったら発車オーライだ。

 さて、ボスにも伝えたが、当初の希望的予定としては、週3日で徐々に体を慣らして行き、週4日勤務に移行して、それが早く叶えば、10月の後期から元の週5日の役職に戻して貰えれば、と願っていた。しかし、実際勤めてみると結構体に堪え、殆んど週3日勤務状態から抜け出せないまま年末を迎えてしまった。なんとも不甲斐ない……。それでもなんとか年末迄、無事勤める事が出来たので、漸く皆に復職の報告をしようという気持ちになり、年賀状に書く事にした。内心、次年度は契約更新されない可能性があるとも感じ始めていたので、復職という、とてもいい報告材料がある今のうちに、という気持ちもあった。

 夏以降、特に右手のこわばり(stiffen)が始まって以降、日を追う毎に仕事が辛く感じる日が増え、休みの日は殆んど何もする気が起こらない事が多くなっている。年賀状も12月30日にやっとの思いで投函したのだが、姉達にはメールで、契約更新して貰えるかどうかは不明だという話も含め、詳しく書いて、大晦日に、他の人より、気持ち少しだけ早めに報告した。それでも姉達からはそれぞれ、私の復職を心底喜んでいるとの返事を貰った。実は少し緊張していたのだが、ほっとした。

 ところで、復職報告の年賀状を送ったので、今迄心配してくれていた姉達を含め、色んな方々に、何か内祝いみたいなものを1月中旬頃に送ろうと考えていた。このあたりなら、もう年賀状は届いているだろうし、また以前勤めていた頃の記憶では、契約更新のボスとの面談は、だいたい1月末から2月初めであったからだ。もし契約更新が叶わない場合、少し早目に言い渡される可能性があると考えてはいたが、1月中旬ならギリギリまだ契約の話も訊かずに済む。

 しかし、1月7日の夕刻、ボスから次年度の契約更新は無い旨を伝えられる。まさかこんなに早く通達されるとは思っていなかったので、覚悟していたとはいえ、不意を突かれた形で、かなり動揺してしまった。職を失う私に、次の職探しの時間が多い方がいいと思ってのボスのご配慮からかもしれない。

 最近、勤めがかなり辛く感じてきていたが、復職のお蔭で随分体力は付いたのではないかとも思っている。普段なかなかうまくコミュニケーションを取れないボスには、精一杯心からの感謝の気持ちを込めてメールをしたが、退職の折には、お手紙で、もう一度お礼を伝えたいと考えている。ただ、復職後のお礼返しの仕事が何も出来なかった事だけが残念である。
 
 さて、内祝いだが、これは入退院から現在に至る迄の感謝の気持ちを伝え、一旦心の整理しておきたいと、兼ねてから考えていた事なので、予定通り、今週末にでも実行するつもりである。退院してこのかた、入院する程の不調も無く経過していたが、昨夏急に右手が使えない位こわばる等という事が起こったりする。幸い薬でその症状が治まっているが、今後何が起こるか分からないと覚悟しておいた方が、気が楽でもある。そういった意味でも、無事に過ごしている今が、お礼返しをする絶好の機会だと思っている。

2010-01-04

2010/01/03 (日) 胸が……

 今年は短いお正月、最後の夜は、定番のお雑煮の後に、頂きものの見事な“にらみ鯛”を有り難く戴いていた。立派な明石鯛、とっても美味しい…… と言っても、この日は鯛の良い部分を全て後日用に取り分け、骨の周りの白身をこそげて食べていた。
 
 すると急に咽喉奥というか、また顎(口内?)のあたりが痺れ出した。そういえば先日の通院で、先生にこの痺れ(numbness)について報告するのを忘れていたな、と思う間もなく、時々起こる嚥下違和感みたいなのが咽喉辺りにも同時に起こり始め、『おかしい、小骨等はまじっていなかった筈だし……』、と悩もうとした。

  ところが、その症状に加え、胸の真ん中も痛み始めた。直ぐに止むのかと思ったのだが、顎の痺れ・咽喉の違和感以上に、胸の変な痛みが強くなってきて、少し焦りの気持ちが湧いてきた。『そういえば、今朝の血圧は下の値が少し高かった……、コレステロール値(cholesterol)はお薬で下がって来たけど、まさか心筋梗塞??!』

 今日はお正月3日の日曜日の夜だし、病院に電話しても主治医の先生も居られないだろうし、もしそれから先生に繋いで貰えるとしても時間がかかるだろうし。。。 瞬時に考ええつつ、だんだんと混乱してくる。

 この程度の痛みで救急車を呼ぶ訳にはいかないと思う一方で、万が一心筋梗塞(myocardial infarction)で救急車を要請する事態になった時は、退院間もなく主治医に紹介して貰った病院名を伝えなければ(※)、とか、もし心筋梗塞等の場合、果たしてそれを自分の口で伝えられるのだろうか、とか、色々な思いが頭をよぎったが、結局数分(10分位か?)で、漸く締め付けられる様な胸の痛みは治まった。
※ 今、通院している病院は、自分の住む町から70kmは離れているK都の大学病院なので、気軽に行ける距離では無い。その為、何かの時に直ぐに診て貰える病院を紹介して貰っている。

 未だ変な違和感が胸中心に残っていたが、胸の様子を見ながら、心筋梗塞の症状について調べてみた。ネット等で得た症状を読むと、心筋梗塞の症状は非常にきついらしく、どうやら違うらしいと思えた。むしろ、その検索で引っかかって来た、狭心症(angina pectoris)が近いかもしれないと感じられた。

 そして改めて考えてみた。独り暮らしなので、新型インフルエンザ(A H1/N1 influenza)に罹って万が一重症化した時に備えて、玄関等に緊急連絡先をメモし残しておこうと考えてはいた。しかし、体がしんどく億劫な日が多く、それをいい訳というわけではないが、未だその用意をしていない。そこまでしなくても、という思いがまだどこかにあるのかもしれない。というか、それを用意する行為自体が非常に億劫で、また自虐的な感じもして憂鬱でもあるからかもしれない。

 この病気に罹らなかった頃の自分なら、これ位の事ならそれ程は心配していなかっただろうし、きっと肋間神経痛(intercostal neuralgia)と思っていたかもしれない(※昔、肋骨辺りに起こった痛みに対し、母がこの名前を言った事に依るものもで何の根拠も無い)。しかし、今現在の自分は、自覚しようがしまいが、まだ、色んなリスク(risk)を負う状態なので複雑な気分だし、多くの人に心配して貰った事もあるので、最大限、自己管理をしておく必要があるとも思っている。気が重いが、やはり一応用意しておく必要があるのだろうと思う。

 さっきネットで調べた中に、心筋梗塞の緊急時に、バファリン(Bufferin)服用が有効らしいという情報を得たので、亡き母の薬箱からバファリン(81mgと330mg錠)を探し出し、念の為に財布等に潜ませた。バファリンと言えば通常鎮痛解熱剤だし、自分はアスピリン(aspirin)系のアレルギー(allergy)も無い。ただ、緊急時に自己判断で飲む訳にもいかないだろうし、果たして狭心症(又は心筋梗塞)なのかどうかも不明なので、次回先生に訊いてみなければならない。それ迄に万が一救急電話をする事態になった場合に備え、バファリンを持っていると電話口で伝えられる様にとの心づもりだ。自分で落ち着いて話せる状態ならばの話だが、備えあれば何とやらだ。

これが取り越し苦労である様にと願うが、早くコレステロール値を下げて、こんな要らぬ心配をしなくても済む状態にしたいものだ。

2010-01-03

2009/12/28 (月) 通院記録3 ステロイド薬を飲み忘れた時の注意点

 前回、免疫抑制剤のネオーラル(Neoral)を2回飲み忘れたと先生に報告した時、先生は何か体調に変化は無かったかと訊かれた上で、基本の薬なので、飲み忘れに注意する様にと言われていた。

 しかし、今度は12月4日に、夜の分のネオーラルとプレドニン(Predonine)の服用を忘れてしまった。その翌朝お薬を飲む時になって気が付いたものだから、半日経ってしまっている事になり、どうしようかと悩んだ末、飲み忘れ分はそのまま置いておく事にしたと先生に説明する。ネオーラルとステロイド(steroid)のプレドニンは、原則朝9時、夜9時の12時間間隔で服用する様に指示されている薬だ。

 ネオーラルは現在朝25mg+夜25mgを処方されているが、退院時と比べるとかなり量が少なくなってきている。その為か、先生は「ネオーラルの飲み忘れを半日後に気がついた場合、もう前日分はあきらめて飲まずにいてもいいですが、ステロイドは分量を厳密に管理しないといけないので、たとえ12時間経った翌日でも、今後飲み忘れに気が付いた時点で、プレドニンは飲み忘れ分もまとめて飲んで下さい」と言われる。

 ステロイドのプレドニンは現在朝5mg+夜5mg処方されているが、急な減薬をすると、折角抑えてきた症状が悪化する等の困った現象の起こる可能性があるので、半日経っていても、飲み忘れに気がついた時点で、飲み忘れ分もまとめて服用しなければならない、つまり、処方されたステロイドのプレドニンは、飲み残しの無い様、きっかりと飲み切るのが原則な様だ。
※ここに書いたステロイドの飲み忘れに関しての注意事項は、あくまでも私の場合の事なので、同様に飲み忘れた人の場合、自己判断するのではなく、各人の主治医に電話ですぐ相談して、どうするのかを決めて貰いたい。

2010-01-02

2009/12/28 (月) 通院記録2 前回(11/30)の蛋白分画の結果

 12回目となる前回11月30日の蛋白分画(protein demarcation)結果には、まだノッチ(notch)(▼マークの所)が付いていて、【βγ-グロブリン位にバンドが認められます】というコメントがある。つまりM蛋白(M protein;monoclonal protein)が検出されているらしい。

 右手のこわばり(stiffen)という症状改善の為に処方されたステロイド(steroid)のプレドニン(Predonine)を開始して丁度15週間目に当たるが、その頃から分画の結果は全て正常値内に収まってきている。しかし、そのグラフの形を見ると、正常な形とはだんだんと違ってきている。

 γ分画は、本来正常ならα1、α2、β値の山(順に②、③、④の番号の所)より高い筈なのに、しかも最近の検査値は全て正常値なのに、何故かノッチの付いているγの山(⑤)がだんだんと低くなってきている。検査値は正常なのに、グラフは変な形…… 先生も不思議に思いつつも、それをどう解釈するのかは、はっきりとは知らない模様。

 それにしても、ノッチが消える(M蛋白が検出されなくなる)事ってあるのだろうか? 多分、ノッチが消える日迄、この検査はまだまだ続くのだろう。

2010-01-01

2010/01/01 (月) 元旦 満月の部分月食

 大晦日から元旦にかけて満月だと言う。その元旦未明、部分月蝕があるという情報を得た。しかし、午前4時前後との事。果たして起きているかどうか不明なので、記憶だけに留めていた。

 さて、晦日の夜、前日に年賀状も書き終えホッとしたので、色々とやりたかった雑用をしたり、見たかったビデオを見たりしていて、いつの間にか深夜になっていた。寝ようと思ったのだが、あともう少しで部分月蝕の時間になっていたので、折角だから、元旦の月食観察する事に決めた。

 以前お月さんの撮影を、買ったばかりのデジカメで撮影してみた事がある。月の模様が白く飛びなかなかうまくいかなかった。大量に出回っている軽量のデジカメでは無理なのかと思ったのだが、姉のアドバイスを受け、こんなデジカメでも、月の模様を写す事が出来る事が分かった。

 問題は、その時どういう条件で撮影したのかをすっかり忘れてしまった事だ。あーでもない、こーでもないと試し撮りを何回もしているうちに、部分月蝕が最大になる時刻に迫って来た。

 幸いその時刻直前に、漸くそこそこのお月さんが撮れる設定を見つけた。その条件は、通常モードで発行禁止、ISOは100、下限シャッタースピードを1/250だ(AWB、F5.6)。もっと高性能のカメラならクレーター迄くっきり写るのだが、こんな手軽なデジカメでもここ迄写るというのは、なかなか面白い。

では、良い新年を☆

2009-12-31

2009/12/28 (月) 通院記録1 コレステロール値改善

 この1カ月の体調は、血圧は前回同様、体重は微増傾向。頸・背(骨)・腰・指等の関節痛(arthralgia)、右指先の痺れ(numbness)少々、のどの痛み・痰(sputum)、ムカムカする、肛門渋る感がある、こむら返り(twist、leg cramp) (4分の1はきつく起こる)や手足の攣り、不眠(sleeplessness)傾向・眠い、だるい・しんどい等は、ほぼ毎日の事。しばしばから時々感じる症状では、頭痛(headache)、めまい(vertigo;dizziness;giddiness)、見え難い、目に星が飛ぶ、嚥下違和感、脇汗、脚のむくみ等。新しい症状としては、12月2日頃より、時々あご(口の中)が痺れる様な感じが起こる。

 その他、かなり前からある症状なのだが、時々急に指先(人差し指)にトゲか何かが刺さった様な感じが結構最近良くある。どれだけ指先を見てみてもトゲらしきものが見当たらないが、どうもチクチクと痛んで仕方が無い状態。。。今迄、ベランダで植物の世話をしたりしたのが原因か等と思っていたのだが、もしかしたら、そうとは違うのかもしれないと思う現象があった。それは12月7日に急に右の人差指の指先がまたチクっと痛み始め、どうしてもトゲが見当たらないので、絆創膏を巻いて寝る事にした。その深夜、トイレに行った後、急に今度は左の人差指にもトゲが刺さった様な痛みがし始めたのだ。この時初めて、『えっ、もしかしてこれもGVHD(移植片対宿主病;graft-versus-host disease)??』と言う考えがよぎった。この症状は一旦起こると結構長く続くのだが、今迄記録していなかったので、今回記録を付けてみた結果、このチクチク感が漸く治まったのは、12月20日頃だった。

 診察の順番がきた。前回処方されたコレステロール(cholesterol)の治療薬リピトール(Lipitor)(5mg/日)は、2週間後から服用する事になっており、実際には12月16日(水)から開始したので、丸12日経過した事になる。その結果は、コレステロール値が100近くも劇的に下がっていた。「リピトールは良く効いているみたいだし、γ-GTPがやや上昇しているけど、その他の検査値に問題は無いので、いい感じですね」と先生。また、リピトールの主な副作用は腎機能(renal function)に現れるのだが、それも含め、血液検査値に異常は出ていないので、副作用(side effect)の心配も少なくなったので、次回は4~5週間後でいいですよと言われ、次の診察は5週間後の2月1日になる。

 指先がチクチクする件については、もしかしたら神経が少し変になっているのかもとの事。自分と同じ様な症状の出る患者はいるのか訊いてみるが、余りいない気配で、先生の口からはGVHDという言葉は出て来なかった。

 お薬に関して先生は、本当ならもうそろそろステロイドを減らしたい所なのだが、私の日々の体調や症状の多い事から、もう少しだけ続け、次回から減量を考えてみましょう、との事。減量でまたこれらの症状が悪化するかもしれないのが不安とも言われるが、こればっかりは個人差もあるし、試してみないと分からない事なので、それはまたその時の事だ。

 自分からは、肛門渋る感が出始めてから軟便傾向が強まった事もあり、便を軟らかくする効き目のあるマグミット錠(Magmitt)を1日2錠から0錠に減らしてみていたが、今度は便通が余りスムーズにいかなくなった為、1日1錠にしたり、2錠にしたりして様子を見ている事と、痛みどめ(painkiller, anodyne)のロキソニン(Loxonin)は社会復帰へのリハビリの日以外は、先生の希望通り、極力1日2錠で我慢している事を伝える。

 一度、昼食事時にひどくむせ、咽喉奥に何かひっかかった感じが、普段ならしばらくすると取れるのに、その時は就寝時になっても取れなかった事があったと話してみる。翌朝には元に戻っていたのだが、退院後、むせ易くなったと思う。ご老人がむせたのが原因の誤飲性肺炎(aspiration pneumonia)を起こすという話を聞く事があるが、自分にもその危険性はあるのか聞いてみる。「困ったですね……」と言いつつ、無いとは言えない、との事。

 最後に、先生は問題視されておられなかったが、γ-GTP値がまた上昇していたので、一応飲酒の事に触れておいた。γ値は飲酒で増加すると聞いた事があるし、最近は以前より飲酒日を増やしているからだ。先生「γ-GTPが上がったのはそのせいかな?」と言われるが、いつもの様に「困ったなぁ~」とは言われなかった。プレドニン服用で肝機能検査値(GOT、GPT)が改善して正常値になっているからなのかもしれない。γ-GTP値がこのまま上昇し続ける様なら、飲酒量・回数について考えなければならないと自分でも思っているのだが、折角のステロイド効果で肝機能が正常化しているのだから、この年末年始は、好きなだけお酒を飲んで過ごそうと、不良患者は考えている。

【血液検査の結果】2009/12/28:
WBC(白血球数) 9.6(高)、HGB(ヘモグロビン) 14.2、PLT(血小板数) 209、
GOT(AST) 26、GPT(ALT) 22、γ-GTP 76(高)、LDH 239、AMY 133(高)、T-cho 282(高) [140-220mg/dl]、HDL-cho 117(高)[50-87mg/dl]、TG 201 (高) [34-173mg/dl]

2009-12-27

2009/12/27 (日) ALLのBMT後の再発率について

 ずっと以前、急性リンパ性白血病((acute lymphocytic leukemia;ALL)で骨髄移植(bone marrow transplantation;BMT)後の再発(recidivation)率ってどれ位なのだろう、と思って調べて、結局いいページが見つからなかった記憶がある。今日、ふと思い立ち、検索してみて、ちょっと気に入った記事を見つけたので、紹介しておく。

 ALLのBMT後の再発率が載っている記事は、『同種造血幹細胞移植についての説明(急性リンパ性白血病)』というPDFファイルである。これは、患者等を対象として作られたものらしく、病気や治療法、生存率(survival rate)、GVHD(移植片対宿主病;graft-versus-host disease)の事等も説明してくれている。

 漠然とだが、自分は、5年は大丈夫と感じているが、改めて、ALLの生存率は低めだな~云々……と言う感想。きっと自分は非常に順調に経過している部類なのだと思う。有り難い事だ。

 グラフの中にちょっと分からない略語や英語があったので調べてみた。
・cumulative incidence:累積発生率
・TRM:treatment related mortality:治療関連死
・CR :complete remission:完全寛解

 自分はALL(急性リンパ性白血病)なので、ここに紹介したPDFファイルの記事もALLに関してのものだが、『患者の皆様へ』というページに、急性骨髄性白血病(acute myelocytic leukemia;AML)やその他の血液疾患患者向けの、同様の説明書があるので、他の病気でこのブログに辿り着いた人があるのならば、そちらを参照して貰いたい。

 参考にしたのは、大阪市立大学医学部付属病院血液内科・造血細胞移植科のHPだったので、この病院の治療法は、自分が受けたHyper-CVAD / high dose MTX-Ara-C療法(※)なのか、JALSG(日本成人白血病治療共同研究グループ:Japan Adult Leukemia Study Group)なのか調べてみると、JALSGの様だ。治療法に依って、若干生存率も違っているらしい事も参考にしておいて貰いたい。
※Hyper-CVAD / high dose MTX-Ara-C ((hyperfractionated cyclophosphamide, vincristine, Adriamycin, and dexamethazone / high dose methotrexate and cytarabine)

2009-12-24

2009/12/23 (祝・水) 右手の状態 その後2

 現在の右手の状態を記録しておく。

 夏前頃から右手がこわばり(stiffen)始め、次第にグーッと握れなくなり、右指も曲げるのが痛く痺れ、手の甲側に反らせなり、日常生活に支障が出る程ひどくなり、先生に話した所、やはりGVHD (graft versus host disease:移植片対宿主病)だろうと言われ、ステロイド(steroid)治療をする事となった。

 治療薬のプレドニン(Predonine)を朝と晩に5mgずつ飲み始めてからの症状は、毎回の通院記録等にも書いているが、18週目となる現在の右手の状態は、普通にグーッと握り込めるし、痛みもほぼ解消している。ただ痺れ(numbness)だけは、右指先に少し残ったままである。

 指を手の甲側に反らす柔軟性に関しては、服用丸4週間後の、9月23日の記録と比べて、殆んど変化は無い(痛みと痺れはほぼ消えたのだが……)。左手の指1本1本が90度位、手の甲側に反らせるのに対し、右の指は80度前後のままである。指が固まってしまわない様にと、自己流のマッサージは、毎日ではないが続けている。しかし、無理に反らそうとしても、90度迄反らす事は未だに無理の様だ。反らないと気付くのが少し遅かった(つまりマッサージ開始が遅れた)為、もう完全にほぐせないのかも知れない。

  痺れが僅かに残っている為か、プレドニンの減量は見送られ続けている。完全に元に戻る事(左手と同じ状態に指も反る事)を願っていたが、ここしばらくは特に良くも悪くもならず、現状維持という感じがする。もうこれ以上の改善は無いのかもしれないが、あのひどいこわばりからここ迄回復したのだから、有り難い事だと感謝しなければ、と今は思っている。

2009-12-23

2009/11/30 (月) 通院記録2 前回(11/09)の蛋白分画の結果

 前回で11回目になる、11月09日の蛋白分画(protein demarcation)の結果について、また先生にグラフ付きの検査結果を印刷して貰った。ステロイド(steroid)のプレドニン(Predonine)を開始して丁度12週間目の値という事になるが、検査値は今回も全て基準値内。それでも、相変わらずグラフ内γ辺りの山(図中⑤)にノッチ(notch:▼マークの所)と、【βγグロブリン位にバンドが認められます】とのコメントが付いている(写真)。

 更に付け加えるのなら、プレドニンの副作用(side effect)で、血液検査のIg-G(イムノグロブリンG:immunoglobulin G)の値が基準値の下限に迫る勢いで急激に減少しているのだが、ノッチがあるという事は、M蛋白(M protein;monoclonal protein)が未だ消える事無く検出されている様だ。
※ そもそもIg-Gが基準値を超える位に増加していたのがきっかけで蛋白分画の検査が追加され、M蛋白が検出されている事が分かったという経緯がある。

 全て基準値なのに、グラフの形はかつて調べた時に知った様な典型的な正常な形から外れて来ている。γの山(⑤)が最近低くなってきているので、前回辺り(10/19検査分)からとうとうβの山(④)と高さが逆転してしまっている。だからどうなのか、というのは知らないが、先生はM蛋白が検出されているかどうかだけをチェックされていると分かっている。つまり、これに関してはこれ以上訊いても情報が得られない事が分かっているので、先生に質問する事はしなかった。それでもこの検査はまだまだ続くらしい。

 今では、毎回たいして変わり映えしない結果なので、当初の緊張感も薄れ、『そのうちグラフのγの山が無くなってしまったりするかも……』なんて、呑気に考えている。

【蛋白分画の結果】2009/11/09:
・ ALB分画(画像アリ) 66.5% [ 60.2~71.4 ]、
・ α1分画 2.6% [ 1.9~3.2 ]、
・ α2分画 8.2% [ 5.8~9.6 ]、
・ β分画 9.2% [ 7.0~10.5 ]、
・ γ分画 13.5% [ 10.6~20.5 ]、
・ A/G比 2.0 [ 1.5~2.5 ] 
※ コメント:βγグロブリン位にバンドあり。未定
※ ALBとはアルブミン(albumin)の事。
※ A/G比とは、アルブミンとグロブリンの比率(albumin-globulin ratio〈A/G ratio〉)
※ [ ]内はこれら分画の正常値であるが、検査機関や病院によって少しずつ違っている。
※ 関連項目:ラベル【蛋白分画検査】

【血液検査の結果】再掲:2009/11/09:
Ig-A 86.7(低)、Ig-G 947、Ig-M 86.0

2009-12-21

2009/11/30 (月) 通院記録1 リピトール服用開始となる

 新規の患者さんが2件も入ったせいか、大幅に診察が遅れた。遠くから一族(?)揃っての受診と、もうひと組。どちらも病名が判明していて、紹介状を貰ってやって来た患者らしいのが、中待合(診察室前の待合の事)での家族の会話から知る事が出来た。途中、診察室から何やら所用で出て来られたKB先生が、中待合にいる私を見て「すみません、もう少し遅れます」と申し訳なさそうに言われたので、「大丈夫です」と小走りに去る先生の背に向かって返答する。

 自分の時も病名が分かってから受診迄時間も余り無かったので、知らない事ばかり……、訊きたい事は尽きなかったが、何を訊けばいいのかも分からない状態でもあったのを思い出した。もし急性(acute)なら、一刻の猶予も無く治療を開始しなければならない病気であるので、飛び入りの患者さんの為に待つ事は苦にならない。きっと自分の時も、こんな感じで誰かの診察を待たせてしまったのだろうと思うと、申し訳無さと感謝の気持ちが湧いてくる。

 さて、この1ヶ月間の体調は、ほぼ毎日起こる症状としては、のど・頸・背(骨)・腰・指の痛み、時に肘の痛み、右指先の痺れ(時々右手グー痛)、手足の攣りやこむら返り(twist、leg cramp)、痰(sputum)、ムカムカする、肛門の渋る感じ、だるい・しんどい。不眠(sleeplessness)傾向と頭痛(headache)も頻度が高い。その他、常に感じる症状ではないが、見え難い、脇汗が急にどっと出る、胃痛(gastralgia)・舌の痛み・目に星が飛ぶ、嚥下違和感等が時々起った。また11/18頃よりしばしばめまい(vertigo;dizziness;giddiness)の様なふらふらする感じ、時々胸苦しく感じる時があり、心配になって血圧(blood pressure)を測ると、下が90以上で脈拍(pulse)も高い事が多かった。ステロイド(steroid)のプレドニン(Predonine)服用開始からコレステロール値(cholesterol)が上昇し続けているので、ちょっと不安を感じている。

 予約時刻の2時間後、診察開始となる。コレステロール値がまた上昇していて、とうとう治療の必要ありとなる。既に色んな薬を服用しているので、これ以上薬の種類を増やしたくないと先生は考えて下さっているのだが、上げ止まる様子が無いので仕方が無い。治療薬はリピトール(Lipitor)という5mgの錠剤で、一日一回夕食後に服用する薬との説明を受ける。ただ、この薬の副作用(side effect)が出ないかをみる為にも、次回は2~3週間後に診察をと言われる。出来れば4週間後を希望すると伝えると、「じゃあ、診察は4週間後として、お薬は今から2週間後から飲み始めると言うのではどうでしょうか?」と先生。自分がかつてステロイド薬開始に関して、こんな申し出をしたのをすっかり忘れていた。それでお願いする事にし、服用は12月15日頃からという事を確認する。

 薬がまた1種類増えた事で、マグミット錠(Magmitt)は食間(hora intermediis)に服用がいいかもと言われる。また、現在の経過(体調等)をみて、プレドニンの減薬を開始は今回も見送る事となったが(現在処方されている薬は1錠5mg を朝晩2回、計10mg/日)、減量するなら、半錠の2.5mgから始めるかと思っていたら、先生は「減量は1mg単位となるでしょう」と言われる。今服用しているプレドニンはとても小さな錠剤である。まだプレドニンの治療開始をためらっていて、プレドニン治療経験者である知人に訊いた時は、2.5mg単位で減量したという話を聞いていたので、半錠単位で減量を始めるかと思っていたのだが、それより小さな、即ち1mg単位のプレドニンがあるらしい。

 薬と言えば、9時と21時に服用するネオーラル(Neoral、各25mg)を、11/19夜と11/22夜の2回、飲み忘れてしまったと報告すると、「何か体調に異変はありませんでしたか?」と心配そうに先生が訊かれる。飲み忘れた翌日等に特に何か症状(symptoms)が出た記憶は無いと伝えたが、現在の体調を維持してくれている基本の薬なので、気を付けなれければ。。。

 ところで、悪玉コレステロールと言われるLDLを血液検査に何故入れないのかと訊いてみる。先生は、LDLは総コレステロール(T-cho)と善玉コレステロール(HDL)値の引き算で出るので必要ない、と言われる。そう言われても、検査して貰うと具体的に自分の値とその基準値が分かるので、有り難いのだが、先生がLDL値を気にされておられない様なので、それで良しとしようか。。。
※ ちなみに、帰ってから調べたが、LDLを求める計算式は以下の通りである(TGは中性脂肪)。
 ◎ [ LDL ] = [ T-cho ] - [ HDL ] - [ TG÷5 ]

 その他の血液検査結果は、GOT、GPTは今回も正常値であったので、肝機能(liver function)に問題無しとの判断。γ-GTPが前回よりも更に高くなっている事に関しては、自分としては、もしかすると、アルコール飲酒に関して先生から何か訊かれるかと思っていたのだが、先生はウルソ錠(Urso)をやめた影響かもと言われる。ウルソにはコレステロールを下げる力は無いと、以前先生から教えて貰ったが、γ-GTPに関しては何か影響がある薬らしい。好中球(Neutrophil)は今回も79%と非常に高いのだが、ステロイドで好中球数が増加する為だと説明される。

 また、なんとなくめまいが起こる様な気がする点に関しては、頭に行く血管が細くなっているからだろうと言われる。ここしばらく血圧が不安定な事を伝えてみたが、診察前に待合で計った値は115-78(脈75)と問題無かったせいなのか、多分関係無いだろうと言われる。心配なら一度頭のCTスキャン (CT-scan;コンピュータ断層撮影)をしてみた方がいいだろう(但し、当病院で予約するなら2~3ヶ月後になるだろう)とまた言われる。今回も予約する事はしなかったが、そのうち受けてみた方がいいかもしれないと思っている。

【血液検査の結果】2009/11/30:
WBC(白血球数) 9.5(高)、HGB(ヘモグロビン) 14.0、PLT(血小板数) 208、
Neutrophil(好中球) 79%(高) [46-62%]、Lymphocyte(リンパ球) 13%(低) [30-40%]、Monocyte(単球) 8% [4-7%]、Eosinophil(好酸球) 0(低)% [3-5%]、Basophil(好塩基球) 0% [0-1%]、
GOT(AST) 23、GPT(ALT) 19、γ-GTP 56(高)、LDH 230、AMY 130(高)、T-cho 374(高) [140-220mg/dl]、HDL-cho 111(高)[50-87mg/dl]、TG 135 [34-173mg/dl]、

2009-11-24

2009/11/09 (月) 通院記録2 前回(10/19)の蛋白分画の結果

 前回で10回目になる、10月19日の蛋白分画(protein demarcation)の結果について、また先生にグラフ付きの検査結果を印刷して貰う。

 この時点で、右手のこわばり(stiffen)治療の為に処方(prescription)されたステロイド(steroid)のプレドニン(Predonine)を開始して丸8週間経っているが、ステロイドの副作用(side effect)なのか、血液検査値に色々と変化が現われている。そもそもこの蛋白分画検査を始めるきっかけともなった、上限値越えだったIg-G(イムノグロブリンG:immunoglobulin G)の値も、ステロイド開始で急降下しており、次回は基準値の下限を切るかもしれない勢いである。もしかしたら蛋白分画にも何か影響があるのではと思って、結構注目している。で、10/19の検査値結果はと言うと、今迄よりはちょっと変化してきているという感じ。

 変化してきたと言っても、全て基準値内に入っただけで、普通これだけなら何の問題は無く、ハイおしまい、となるのだろうが、肝心のM蛋白(M protein;monoclonal protein)が相変わらず検出されている。グラフ内のノッチ(notch:▼マーク)の所がそれに当たるのだそうだが、少し山の高さが低くなってきたγの辺りに付いていて、【βγグロブリン位にバンドが認められます】とのコメントもある(写真)。

 先生曰く、ノッチはグラフの曲線に角が出来ている所に付くそうなのだが、「グラフに明らかなノッチらしき角は見えないけど、本当にまだあるのかなぁ~?」と言われる。そして先生が推測されるには、全て基準値内でこのグラフの形なら、通常正常という結果が出る所なのだろうが、今迄の検査結果に【バンドが認められる】とあるので、きっと検査員も注意してバンドの有無をじっと眺めるので、普通なら気が付かない位の薄いバンドも見分けているのではないかと言われる。 一方で、プレドニンでIg-Gが下がっているから、ノッチもそのうち消えるかも、とも言われる。

 今年初めに蛋白分画検査が追加された時、蛋白分画について色々と調べたが、余りに難しく、かつ自分の場合、M蛋白が検出される以外は、検査値に目立った特徴が無かった為、詳しく調べるのは検査値に異常が出始めた時でいいやという事にしていたが、ここ2回続けて検査値が全て基準値になっている。益々調べ様が無いし、先生が言われる様に、ほんまにM蛋白が検出されているのだろうか、って感じがしてしまう。先生は次回も例の如くこの検査を入れておられるが、どれだけ微妙であれ、多分M蛋白が検出される限り、この検査は続くのだろう。

【蛋白分画の結果】2009/10/19:
・ALB分画(画像アリ) 66.0% [ 60.2~71.4 ]、
・α1分画 2.6% [ 1.9~3.2 ]、
・α2分画 7.4% [ 5.8~9.6 ]、
・ β分画 9.0% [ 7.0~10.5 ]、
・ γ分画 15.0% [ 10.6~20.5 ]、
・ A/G比 1.9 [ 1.5~2.5 ] 
※ コメント:βγグロブリン位にバンドあり。
※ 関連項目:ラベル【蛋白分画検査】

【血液検査の結果】再掲:2009/10/19:Ig-A 98.5、Ig-G 1169、Ig-M 97.1

2009-11-23

2009/11/09 (月) 通院記録1 甲状腺機能に異常無し

 診察では、先ずいつもの様に、この3週間の体調を先生に報告する。

 血圧(blood pressure)は、上が92~108位、下は62~80位の間が多い。体温(body temperature)は36度前後、体重((body) weight)はやや増加傾向。この2ヶ月で、約1~2kg増えてきている。と、ここまで伝えると、先生は「プレドニンの影響でしょうね、2ヶ月で2kgなら大丈夫でしょう」と記録されつつ言われる。プレドニン(Predonine)の副作用(side effect)と言えば、不眠(sleeplessness)傾向も続いている。

 のど、頸、背、腰、肘の痛み、痰(喀痰:sputum)、ムカムカする、こむら返り(twist、leg cramp)や手足の攣り、だるい、しんどいはいつもの通り。背の痛みに関しては、肩甲骨と肩甲骨の間の辺りと具体的に先生に話して、その部位を実際に指で示して先生に確認して貰う。「背中と言うよりは背骨ですね…」と先生。右手をグーッと握る時の痛みは殆んど無くなったのだが、まだ芯の方にごく弱いながら鈍い痛みを感じ、右指先の痺れ(numbness)は少々だがまだある、と話すと、「プレドニンはまだ続けた方が良い様ですね」と、プレドニンの量は現状維持のまま続行となる。

 最近、肛門が渋る感じがずっと続いていると話してみる。具体的に訊かれるので、便通(bowel movement)自体はほぼいつも通りに1日1回あるが、これとは別に、実際に下痢をする訳ではないのに、下痢(diarrhea)でもしそうな肛門の渋る感が一日中あり、ずっと続いていると説明してみる。前回の通院の時点では、まだ気のせいかと思っていたので先生に伝えていなかったのだが、多分この症状が出始めてから1カ月位は経っているのだ。これも最近になって出てきた症状なので、またプレドニンの副作用なのだろうかと思っていたのだが、先生は「確かヘルニアだったですよね、その影響ではないでしょうか?」と言われる。入院前に経験したあの椎間板ヘルニア(disk herniation)の痛みは、現在はおさまっているので、意外だった。真偽の程はさて置き、これも例によって、このまま様子を見る事となる。

 こむら返りや手足の攣りが良く起こるのだが、つい先日、きついこむら返りが連続して何回も起こり一日中苦しんだ話をすると、芍薬甘草湯(こむら返りにと処方されている漢方)を持続して服用した方がいいのかなぁ、と話される。これは私も訊きたかった事である。現在は頓服的に、きつく起こった時に服用しているが、毎日定時的に服用して薬効成分の血中濃度を保った方が、こむら返りをより防げるのかどうか、一度訊いて確かめたかった。それを先生に伝えると、「そうですね……、どうなんでしょうかね~?」との返答に、ちょっとガクッと来る。漢方には余り詳しくないみたいだ。

 実はこのひどいこむら返りの原因に、心当たりがある。最近ちょっと仕事が上手くいかず、数日夜遅く迄頑張ってしまった翌日に起こっている。立ち仕事ではなくデスクワークであったので、つい無理をしてしまったのが祟ってしまったのかもしれない。まだ体力がそこまで追い付いていないらしいと痛感している。これに加え、精神的プレッシャーが追い打ちを掛けていて、最近心身共に参っていると、つい先生に漏らしてしまう。

 その他、嚥下違和感2~3回、全身の筋肉痛(myalgia)で辛い日があった、目に星が飛ぶ事がある、最近良くものが見えない感じの時が多い、脇から汗がどっと出る事がある、等をゆっくり話して先生に伝える。

 血液検査の結果は全般に大きく変わりは無かったので問題無しという事になる。ただ、コレステロール値(cholesterol)は前回より更に少しだけ上昇していた。

 そこで、コレステロール値上昇が、ステロイド(steroid)のプレドニンの副作用なのか甲状腺機能低下(hypothyroidism)が原因なのかを調べる為に、前回追加で検査して貰ったTSH (甲状腺刺激ホルモン;thyroid stimulating hormone)とFree T4 (free thyroxine determination:遊離チロキシン濃度測定・遊離サイロキシン濃度測定)の結果について訊いてみる。もし甲状腺機能低下なら、TSHは高値でFree T4は低値になる(※甲状腺機能亢進症(hyperthyroidism)ならその逆になる)所なのだが、自分の結果は、TSHは0.879で正常値内(基準値は0.5~5.0μl/ml)、Free T4は1.710とやや高めであった(基準値は0.88~1.62ng/dl)ので、甲状腺機能低下ではなく、プレドニンの副作用だろうという結論になる。Free T4が高いのは大丈夫なのかと訊くと、先生曰く、Free T4は日変動がある(1日の時間帯によって値が大きく動くらしい)が、TSHの方はそういう変動が無いので、TSHの結果の方がこの検査の主な指標となるという。TSHが正常値なので、甲状腺機能に異常は無く、Free T4のこの程度の上昇は気にしなくても良いだろうと考えるみたいだ。

 また、善玉コレステロールと言われるHDLコレステロール(HDL cholesterol;high-density lipoprotein cholesterol)が前回に引き続き今回も高かったので、コレステロールの治療はしなくてもいいかもしれないという事になる。

 「昨日で移植後丸3年になりました」と伝えると、「では、満3歳になったんですね」と先生から祝福のお言葉。「ありがとうございます」とお礼を言いつつ、『3歳』という言葉に戸惑いを感じてしまう自分がいた。

 骨髄移植(bone marrow transplantation;BMT)を受けた患者の多くは、移植日を第2の誕生日として祝っているのだろうか? ネットではそういうのを良く見つけたので、自分もそういう特別な日になるのだろうと思っていた。が、自分の場合移植前に色々あり、第2の誕生日等と言ってはいけないのではないかという、ある意味トラウマ(trauma)が出来てしまい、第2の誕生日という言い方は一切しない様に気を付け、封印している。骨髄(bone marrow)を提供してくれた次姉には、移植の件は一切触れず、それとなく、毎年グリーティングメール等を送り、心の中で感謝をしているが、母が生きていたら、きっと毎年、お祝いの酒盛りでもしていただろうと思うと、やはり少し寂しい。

 最後に、いつもの様に今回の主な血液検査結果を挙げておく。

【血液検査の結果】2009/11/09:
WBC(白血球数) 10.1(高)、HGB(ヘモグロビン) 13.1、PLT(血小板数) 187、
Neutrophil(好中球) 78%(高) [46-62%]、Lymphocyte(リンパ球) 14%(低) [30-40%]、Monocyte(単球) 8%(高) [4-7%]、Eosinophil(好酸球) 0(低)% [3-5%]、Basophil(好塩基球) 0% [0-1%]、
GOT(AST) 21、GPT(ALT) 18、γ-GTP 41(高)、LDH 210、AMY 120、T-cho 349(高) [140-220mg/dl]、TG 116 [34-173mg/dl].Ig-A 86.7(低)、Ig-G 947、Ig-M 86.0