2008-06-28

2008/06/27 (金) 搭乗制限

 先日、本当に久しぶりの飛行機に乗っての旅行をしたが、前回乗った時には無かった色々な制限が搭乗時にあった。ペットボトル等の飲み物の持ち込み禁止(空港内で買ったもので、一部持ち込み可能のものがあるらしい)、携帯の電源を切る、デジタルカメラも使用しない等など。前回、飛行機に乗った時には携帯など持ってはおらず、まさかこんな勢いで携帯が普及するとは当時、想像だにしていなかったが、今は自分も当たり前の様に携帯している。

 さて、今回、往きの搭乗時では、事前に預ける荷物は無く、手荷物検査と身体だけであった。ところが、鍵束に付けていた、昔、母と旅行した、イスラエルの聖地、ガリラヤ湖畔の道端の露天で買った、魚型の小さなナイフが検査に引っ掛かった。ガリラヤ湖地方でお魚型のお土産は、聖書の話にちなんで、俗に『ペトロ・フィッシュ』といい、私が購入したものはナイフ機能が付いたもの(折り畳みナイフ)だった。神父さまは、「旅先で果物を買った時や、ちょっとした時等に、とても便利、お土産にも小さく軽くてお勧め、ワタシ、いつも買ってます」とこれだけはとても推薦されておられたので、以来お守り代わりに長年ずっと自分の鍵束に付いていた。

 手荷物と身体検査で、ゲートをくぐる前に、検査用のトレーの中に、持ち込むカバンと共に、鍵束をズボンから外した時、その鍵束の中にあるペトロ・フィッシュの事を思い出し、しまった、と思ったが、取り敢えず、自身も検査ゲートをくぐった。ピーっとなってしまい、ドキッとしたが、そういえば、ズボンに付けているベルトのバックルでいつも引っ掛かっていた事を思い出し、ベルトを外し、もう一度ゲートをくぐり直し、身体検査は無事通過した。

 秋葉原で悲惨な事件があった直後でもあり、確か、刃渡り5cm以上のナイフの所持も規制しようというニュースを聞いてはいたが、自分が鍵束に付けたまま持ってきてしまったペトロ・フィッシュは、折り畳み式の、刃の長さも5cmにも満たない小さなものではあった。

 そこで、一体どうなるか、検査装置を通過する荷物を待ちながら見ていると、検査員の方が、「すみませんが、この鍵束の中の、これを見て……、開いてみていいですか?」と、例のお魚を指さしながら言われる。「どうぞ。気を付けて下さいね、開けるの…」と言うと、検査員は開き難そうにごそごそしながら、「鍵の持ち込みは全然構わないのですがね…、これが刃物なら、ちょっと…」と説明されながら、その小さな魚に折りたたまれた刃の部分を確認された。「これは、持ち込み禁止です」と言われ、没収なのかどうかを聞くと、「本人の意思で、ここで廃棄される場合は、この箱の中へ棄てて行って下さい。そうしない場合は、到着地で引き取るか、戻られた時に、この空港で引き取る、という2通りの方法があります」と説明された。大切なものなので、到着地で受け取る旨を伝えると、名前を書かされ、ペトロ・フィッシュは茶色の大きな封筒に入れられた。「この封筒が荷物受取場に出てくるのでそこで引き取り、中身を取り出した後、出口の受付で封筒を返却する」という手順を教えて貰い、控えの小さな券を渡してくれた。帰りは機内に持ち込む手荷物ではなく、預ける荷物の中に入れておけばいいかを訊いてみると、それならばOKだという事が分かった。思い出深い大切なお守りだったので、没収されずに済んで、ほっとした。

 そして、帰りのフライトでは初めからこのナイフを預ける荷物に入れておいたのだが、そこの検査員に、今度は、「ライターかマッチは入っていないですか?」と訊かれた。ライターの持ち込みは駄目になったとニュースで聞いた事がある様な気がしていたので、はじめから持ってきてはいなかったが、肩に掛けているカバンの中と、確か、預ける荷物の中にも一つあった様な気がする。昔はマッチ棒を集める趣味があったので、未だに飲食店に入ると、つい、マッチ箱を貰ってきてしまう癖がある。しかし、北の地用の厚手の服やお土産等、そこそこ一杯詰めた荷物の奥(カバンの底)の方に入れた様な気がして、探し出すのは大変、という考えが頭をよぎり、「あったかもしれない…」、等とぼそぼそ言うと、ここで荷物を開いて探して下さい、と言われた。

  折しも、とんでもない事件が発生した直後であり、また洞爺湖サミットを直前に控えている事もあり、検査も厳しくなっているらしい。私はカバンのチャックを開け、空港で買って、先ほど丁寧に詰め込んだばかりのお土産等を上からいくつか取り出して、マッチ箱を探し始めた。ラッキーな事に、マッチを放りこんでいる可能性のある小袋がすぐに見えたので、引っ張り出し、その中を見ると、一箱出てきた。検査員に、往きで小型のナイフが引っ掛かったので、預けるカバンの中に入れたのに、マッチ類は没収ですか、と訊いてみると、「マッチやライターは1箱、あるいは1個なら持ち込み可能で、あとは駄目なんです」と説明して下さった。1箱という言葉を聞いたので、私は「確か持ち込み用のカバンの中にも……」といって、「箱入りではないのですが…」といいつつ、2つに折り曲げた紙にサンドしたタイプのマッチを探して出して、検査員に見せた。どちらかを棄てて行くのか、それともここにあるマッチ箱に、もう一つのマッチの軸だけを移して一箱にまとめたら、それでいいのかと訊くと、合計1箱になるのなら、それで構わないらしい。融通が効くというかなんというか、複雑な感じ……。てっきり、火の気のものは危ないので機内には持ち込めないと思い込んでいたのだが、ライターやマッチ等、1個だけなら持ち込め、刃物は持ち込み禁止……そして預ける荷物の中には、ライターやマッチを入れるのは厳禁と聞いて、「ややこしーー」、とは思ったが、危機管理というものは難しいものなのだな、と改めて感心した次第である。

2008-06-25

2008/06/20 (金) 足の爪色が?

 旅行疲れで丸一日以上ダウンしていたが、金曜日の夜、風呂上がりに久々に足の爪も切ろうかと思い、パチンパチン切っていると、左足の爪のうち一本がなんだか色が違うのに気が付いた。左足中指の爪のある部分だけ赤くなっているのである。白熱灯下で爪を見ていたので、見間違いかもと思い、念の為、蛍光灯下へ移動して確かめたが、やはり赤かった。良く見ると、爪ではなく、爪直下の皮膚の色が他の指より赤くなっている(写真)。旅行前は気が付かなかった。一体いつ頃からなのだろう?

 不注意でどこかにぶつけたりするのは昔からちょくちょくやっていて、その為、今を思えば白血病(leukemia)の典型的な症状の一つである内出血(internal bleeding)様のあざ(bruise)が、ぶつけた覚えもない腕等に頻繁に出てきた時も、どこでぶつけたのだろうか、という程度にしか注意を払わなかった。内出血の跡が出てくるというのは映画やドラマではよく表現される症状で、よく知ってはいたのだが、我が身に起こると考えていないと、そういう前兆も見逃してしまうものなのだろう。

 最近も、どの指だったか覚えていないが、どこかにしこたまぶつけて「うっ……」とうめいた様な気がするのだが、中指というのが解せない。自分の場合、たいてい足の端の小指が多く、かなりきつくぶつけてしまっても色が変わる事は殆んどないという気がする。今まで、ど真ん中の中指をぶつける事はなかったと思うし、ぶつけた事による内出血なら、もっと暗赤色になるか、血豆が出来ているというイメージなのだが、明るい澄んだ感じの赤色である。それにぶつけたのなら爪以外の周りの部分も腫れてそうな気がするのだが、爪の所だけ一様に赤い様に見える。ちょっと爪を押してみるが、痛いかなぁ(?) という程度、熱も持っていない。両足の指の形・太さも比べてみたが、同じに見える。ただ、縦方向に爪が割れているので、やはりどこかにぶつけた可能性も拭いきれない(以前見た時、爪の縦割れなど無かった)。

 ちなみに、私の足の指(の長さ)は人差し指(第2趾)が親指より長い形、いわゆるギリシャ型であるが、今回の旅行では足に合った、ほんの少しだけ大きめの運動靴を履いていった。結果的に普段よりは随分と歩いた事になるが、靴ずれは起こさなかった。しかし、中指も親指と同じ長さか、むしろ長い位なので、もしかしたら物理的に運動靴のつま先の方で当たって、靴ずれを起こしていたのかもしれない(旅行中、一度も痛いと感じた事はなかったのだが)。もしそうなら、急に変色した時期も、爪の縦割れ原因も、素直に理解出来る。この可能性が一番高いかも。。。

  ところで、下肢については、確か、糖尿病(diabetes)か何かの病気で脚の血流が悪くなっているのに気付かず、油断していたらとか余り気にせずに放っておいた結果、気づいた時には壊死(ネクローシス:necrosis)していて(壊死の場合は変色部分はもっとどす黒い色になる筈)、足の指や脚を切断しなければならない事がある、等という要らん知識が頭をよぎる為、足の爪色を気にし出したら、強迫観念からか、何だか痛い様な気もしてきたが、5日程経った現在もまだ現状維持で変化無し。なんか手当をしてやりたいのだが、どうしたら良いかさっぱり分からない。ぶつけた等、物理的原因によるものだとして、足の爪の部分だけに、治るのに時間(数ヶ月程)かかるのだろうから、気長に観察を続ける事にしようと思うが、精神衛生上、宜しくないので、次回通院時に、先生に訊いてみようと思う。

2008-06-24

2008/06/18 (水) ノーザンホースパーク

















 最終日は、フライト迄(夕刻)、随分時間が余っていたので、新千歳空港から無料の送迎バスが出ているという『ノーザンホースパーク』へ行ってみた。パークは薄曇りで、少し寒い位のお天気であったが、時折、青空が顔をのぞかせ、木漏れ日がすがすがしい、新緑の季節を迎えていた。


 徒歩で回るには広大なので、自分は馬車に乗ったり、プチトレインというかわいい電車型バスに乗ったりして、園内の新緑を満喫した。園内のあちこちで、学生や観光客が、パターゴルフやテニス、ストリートバスケットに興じたり、面白自転車を乗り回して、これまた気持ち良さそうである。パークも午後2時を過ぎると閑散として、非常に静かになった。













 5分位ならいいかなと、引き馬の馬にも乗ってみた。お馬さんの毛はとても柔らかくて手触りが良く、優しい顔と、長いまつ毛の大きな目が印象的だった。先ほどの馬車等でだいたい何処に何があるのか分かったので、自転車を借り、引退した競馬の馬を見に行ったり、ポニー広場に寄ったり、好きな所のベンチで休憩したり……

 
 今回の旅行では、体力的には非常に疲れてしまったが、無事何事も無く、最後日に自分の大好きな、そして自分の理想に近い、美しい新緑の木立を散策出来て、幸せであった。

2008-06-21

2008/06/17 (火) 旭山動物園

 2日目は、『旭山動物園(Asahiyama Zoo)』へ札幌から日帰りのバスツアーに参加した。思った以上にこじんまりとした、小さな動物園だった。動物園なんて、何年ぶりだろう。おまけに、今、日本で一番有名な動物園だ。バスガイドさんによると、前日の月曜日は非常に混んでいて、バスツアーの参加者も多く、バスを3台も用意したが、今日は1台で済み、動物園も通常よりすいているという。

 3時間弱の自由時間があり、好きにゆっくり見て回ったが、殆んどの動物舎で色んな工夫がされており、上から、下から、横から、小さな隙間から見学する(覗く)事が出来る様になっていて、一種類の動物を色々な角度で何度も楽しんで眺める事が出来る。人気のアザラシ館では、見に来る人、皆が、垂直に作られたアクリル製のトンネルをアザラシが気まぐれに通過してくれる瞬間を待ち構えており、通過してくれる度に歓声が起こっていた。今日はすいているという事だったので、私はずっとアザラシ館の垂直トンネルの前に貼り付いていて、写真撮影に没頭したが、それでも人が多いので、スッと通り抜けてしまうアザラシの全身を捉えるのはなかなか難しかった(要するに、場所を確保すると、自分のカメラがトンネルに接近し過ぎてしまう為、大人のアザラシだと、ファインダーに納まりきらない)。かなり長いこと居たので、1、2度だけ、茶目っ気たっぷりのアザラシ君が一頭、垂直トンネルの途中にとどまって、私たち観客の様子をじっと見まわして、トンネル内をくるくる回転する様子に遭遇する事が出来た。トンネルを通過するのに一喜一憂するヒトの様子を、逆に観察されてしまっていたのかもしれない。

 空飛ぶペンギン(実は水中を飛ぶ様に泳ぐペンギン)も可愛かった。もちろん、他にトラやキリン、サル、レッサーパンダ等、陸上動物もいたのだが、途中からカメラのバッテリーの調子が悪くなってしまい、撮る気満々で替えのメモリまで持参してきていたのに、写真が一杯撮れなかったのが少し残念であった。

 ツアーに行く前は、ばててしまうのではないかと不安に思っていたが、小さな動物園で、一つの所でじっと見ていても飽きない、いい動物園だったと思う。多分、全部回っても、そんなにばてないのではないだろうかと思う。車椅子で見学されている人も何人も見かけた。テレビでよく取り上げられるせいか、通常はもっと人が多いそうなのだが、体力の弱ってしまっている人(病上がりで体力に自信のない人)でも、人混みにいても大丈夫な人なら、行って生で実物を見る、一見の価値はあると思う。

2008-06-20

2008/06/16 (月) 北の国から

 ひょんな事から、北海道で一人旅する事になった。本当は初の兄弟のみの旅行の筈だったのだが、急に決まり、慌てて予約を入れた途端、中止になってしまった。自分の予約はキャンセル料を払わなければならない期間に入っており、そのお金でもう一泊出来る位であった。そこで、前回の検査結果も良好だった事もあり、もうそろそろ復帰(復職)へ向け、どれだけ体力が回復しているか確かめる意味も兼ねて、一人で旅行してみる事にしたのだ。

 深夜型になっていたので、朝一番の飛行機に乗り遅れない様に起きられるかが不安で、出発の3~4日前から、早く起きる訓練をし、緊張しながらその日を迎えた。

 無事、新千歳に着き、そこからバスで札幌に着くと、街のあちこちで華やかに飾りつけられた、色々な種類の祭りの山車と人達が練り歩いていた。なんでも、北海道神宮例大祭の最終日だそうで、毎年この3日間、行われると運転手さんから訊いた。という事は、毎年6/14-16という日程になるか。偶然とはいえ、なんだかとても得した気分になった。

 たくさんあるらしい山車は、祇園祭の様に、連なって行進している訳ではなく、最初、バスから偶然出くわした時、ラッキーと思っていたら、それで済まず、バスを降りた後も、ホテル迄ぶらぶら歩いて行くうちに何度も出くわし、その度に違う山車だった。今年見た自分の住む地区のだんじりとは違い、ぴーひゃらひゃらと笛を吹いたり、唄を歌いながらゆっくりと曳かれていく。

  なんだか今年は祭りと山車に縁があるか年なのかも? 

2008-06-15

2008/06/12 (木) アジサイとアマリリス

 伯母からの着信があった。いつも心配して、「元気?」と電話を下さるのが、とてもうれしく、春先に引越後、やっとと言うかようやく伯母の家へドライブして、ベランダで咲いてくれた蘭の花をお土産に元気な顔を見せに行った事がある。

 着信に気が付いたのが遅かったので、翌日お電話を差し上げると、とても珍しいアマリリスの花が咲いているから、分けてあげるという。前回、アッツザクラを分けて貰って私がすごく喜んだのを覚えていて下さったのだろう。

 早速、次の日、お花を見せてもらいに行く事にした。今ベランダではかろうじて小さな紫のバラが一輪だけ咲いていたので、申し訳程度とは思いつつ、切り花にして持って行った。

 伯母さんは相変わらずお元気そうで、彼女の明るい笑顔を見ると、なんだか私も嬉しくなる。アマリリスは何年ぶりに見ただろうか……以外と背の高く大きな花に驚き見とれてしまった。おじさんもにこにこされながら、スコップやハサミを持ってきて下さる。結局このアマリリスは鉢ごと貰う事になり、車に積み込むと、伯母は、アジサイも今咲いているから切ってあげると裏庭の方へ私を導く。色んな種類のアジサイを切り花にしてくれ、にわかに華やかな花束が出来上がった。昔、母と共に遊びに行った折も、伯母宅から色んなアジサイを分けて貰ったが、結局、1種類しか根付かなかった。しかし、引っ越し後の小さなベランダで、アジサイは(花を咲かすほど大きく)育てられないと思い、持ってこなかったのを、引っ越し後、内心さびしく思っていた。

 今アジサイは、台所でとても美しく咲いている。花が終わったら挿し木にしてみようかしらん?

2008-06-14

2008/06/06 (金) 青蓮院

 日にちは前後するが、先週、ひょんな事からK都の青蓮院を拝観する機会を得た。友人から頼まれ、生まれて初めてのコンサートの受け付け手伝いをする事になり、受け付け開始まで時間があったので、それが始まる前の小一時間ばかり、真向かいにある青蓮院を拝観してみたのだ。確か、まだ小さい頃、父に連れられて行った事があり、緑が綺麗だったという記憶がある。

 昔から新緑の季節は大好きで、特にお気に入りは、鴨川の上賀茂神社へ至る道の、夢見る様に芽吹き始めた頃の木々(街路樹)で、新緑の季節になると、よくドライブしたものだった。3月末の緊急入院後、第一段階の化学療法を終え、やっと外泊許可が出た折、迎えに来てくれた次姉に頼んで、家に帰る前にドライブして貰った時は、誰にも言わなかったが、治療や今後の不安(来年は果たして見られるかどうか分からないという思い)から、涙で滲んで、よく見えなかったっけ。

 青蓮院の内部や庭は全然覚えていなかったが、木々はまだ新緑に包まれ、とても美しかった。内部は国宝(不動明王画像)のあるところも含め、どの部屋(間)も大きく戸が開け放たれており、国宝のある所だけお坊さんがおられ、何やらお仕事をされていた。どの間もなかなか渋くて私の好みであったが、薄暗い所にほのかに見える、いかにも古そうな不動明王画像は、特に額縁に入れられるわけでなく、K都なのに湿気でカビたりしてしまわないだろうか、と勝手に心配ながら、その前に私が佇んでいると(その時はまだ国宝とは知らなかった)、そのお坊さんが色々とお話をして下さったので、しばし休憩。

 その後、庭園を散策するコースになっており、順路に沿って庭から建物を見たり、庭を見たり。池では、とても大きな錦鯉がゆったりと泳いでいたので、つい、かしわ手の様に手を打って鯉を呼び寄せてみたりした。昔みたいに触ってみたかったが、そこは我慢。K都ではこんなに緑が、寺院に限らずあちらこちらにあるのに、いま住んでいる所は圧倒的に緑が少ないのがさびしい(まだ近辺を良く知らないせいもあるのだが)。だから、と、一杯新緑を楽しむ。

 敷地内に作られた小路を上ると、小さな石の鳥居があった。鳥居には小石が一杯のっていて、今にもこぼれ落ちそうな所もある。最近の人は何故小石がのっているのか知っているだろうか? これは願掛けなのだと、幼い頃、母親から教えて貰った事がある。鳥居の下から願いを込めて小石を上へ放り投げ、鳥居にひょいっとのっける事が出来たら願いが叶う、のらなかったり、既にのっている石を自分の投げた石で落してしまったりすると願いは叶わないのだそうだ。それを聞いてからは、鳥居を見つけると石を放ってのっけたくなり(背伸びして手の届く様な小さな鳥居でも、とにかく放り上げて載せなければ願掛けにならないとも聞いていた)、万が一、先に他の人がのせた石を落してしまった場合は、その石ももう一度鳥居にのるまで、放り上げ…、子どもにとって、格好のお遊びだったのかもしれない。また鳥居に石をのせてみたいという衝動に駆られつつも、今回はおとなしく止めておく事にした。。。

 ある夏休み等は毎朝ラジオ体操をしに神社へ行く度に、入口の大鳥居に小石がのっかる迄、放り続けるのを日課としていたものだ。その近所にある神社の鳥居はこの写真の鳥居とは違い、非常に高く、当時の自分の身長の4~5倍位あったと思う。つまり、石をのせるのにかなり苦労した…… そしてその夏は、神社の他に、お地蔵さまにも西洋の神様にもお祈りをしたのを思い出す。一体何をそんなに熱心に願掛けしたって? 今を思えば、実に小学生の子供らしい無邪気なお願いだった。そして、(あちこちの神様にお願いしていたので)どこの神様かは知らないけれど、その願いは見事叶えて下さった。

  どんなに願ってもお祈りしても、叶わない事は当然多々あると、分かってはいるが、そんな経験があったので、願掛けや御百度参りとかは、あながち嘘、迷信とも言い切れないな、と思っている。

2008-06-09

2008/06/ 09(月) 秋葉原で通り魔

 昨日、秋葉原で通り魔事件が発生した。僅か数分間で17人も殺傷され、内7人もの尊い命が奪われている。日曜昼下がりの、楽しい休日を過ごしていたであろう、何の罪もない人々を、無差別に……人の命を何と思っているのだろうか。

 最近に限ったことではないが、何故か大きな事件(それだけニュースへの露出が多いだけかもしれないが)が起こると、連鎖する傾向がある気がする。例えば、旅客機の墜落事故が起こると、その前後にも世界のどこかで大きな飛行機事故が相次ぐ事がある。これは不慮の事故というか、不可抗力に近いものが多いと思う。その一方で、練炭による集団自殺が起こると、連鎖するかの如くあちこちで同様の自殺(suicide)が起こり、洗剤を混ぜて発生させるガスでの自殺が起こると、これまた同様の自殺が各地で起こる。まるで流行するかの如く、自らの命を絶っていく。不条理な通り魔事件が起こった時も、悲しきかな、その後しばらく、似た様な事件が起こっているという記憶がある。これは飛行機事故同様、巻き込まれた人達は悲劇である。

 そして今回、非常に短時間のうちに尋常でない数の多くの人々が、襲われて犠牲になってしまった。これは被害者の17名にとどまらず、そのご家族・友人、居合わせた多くの人々、この事件を知った多くの人々にも深い傷を与えてしまっている。どうぞ、こんな事件、真似をする人が現われません様に、連鎖が起こりません様にと祈るばかりである。

  この事件に巻き込まれ、不幸にも命を落とされた方々に心から哀悼の意を表すると共に、襲われ甚大な負傷を追われた方々の、一日も早いご回復をお祈り致します。

2008-06-05

2008/06/02 (月) 通院記録

 今日までの体調は腰痛(lumbago;backache)や頸痛(neck pain)、手足の指等、種々 の関節痛(arthralgia)、のどの痛み、こむら返りや足のつりは毎朝の如く起こる。右耳がボーっとする事はしばしばで、時々腹痛(abdominal pain;abdominalgia)があった。歯磨き時の歯肉(歯ぐき:gum;gingivae)からの出血は減少した。おおむねいつもと同じで、だるい、しんどい日が多く、4月初めの、体が軽いと感じる日は残念ながら少なくなった。それから、嚥下(deglutition)時に違和感がある事がある。気のせいかと思っていたのだが、最近何となく頻繁に感じる様になってきたので、前回通院後から記録し始めている。

 さて、今回は処方(prescription)された薬が一部、少なかった事から2週間早くなってしまった通院であったが、結果は順調であった。肝機能(liver function)値は前回に引き続き全く正常、アミラーゼ(amylase:AMY)がまだ少し高かった程度でほぼ正常値内。その他としては、久々にフェリチン(ferritin)を調べたのだが、454.8と、これも順調に減少している事が分かった(前回は3/24で1188.6。もっとも正常値は150以下みたいなので、まだ高い事は高いのだが)。

 嚥下時の違和感については、GVHD(graft versus host disease:移植片対宿主病)の一つにそういう症状があるそうで、先生は、「その場合は皮膚等も固くなる事が多いんですが、ちょっと失礼」と私の腕の皮膚を触診(palpation)された。もちろん、私にそんな自覚症状はないし、先生も柔らかいですねと、皮膚にはなんの問題も無かった。GVHDに皮膚の硬化委縮というのを聞いた事があるので、それと同じ様な事が食道(esophagus;oesophagus;gullet)にも起こっている可能性があるのですかと訊くと、そうらしく、その為、蠕動(peristalsis)がうまくいかなくなるのが原因で、嚥下障害(dysphagia)が起こる事があるそうだ。私の嚥下時の違和感とは、具体的にいうと、食道の丁度中央あたりでしばらく引っかかる感じで留まってから胃の方へ下りていく感覚で、食べ物を飲み込む時もそうなのだが、液体を飲み込む時にも起こる事がある。結局、これは、ひどくなる様なら専門の科で検査をという事で、このまま様子を見る事になった。GVHDらしき症状が一つなくなれば、また一つ怪しい症状が現われる。以前の様にまで、完全に回復するには時間がかかるという事なのだろう。とにもかくにも私の場合、どれも軽い症状である事が多いので、非常に幸運である。同じ病気で、ひどいGVHDにも負けずに闘っている方々に、何も出来ない非力な自分を恥じつつも、蔭ながら、エールを送っている。

 ところで、病気をしてから新しく黒いホクロ(lentigo)が2、3出現した事を以前書いたと思うが、IVH痕(IVHカテーテル(intravenous hyperalimentation catheter、中心静脈カテーテル)を抜いた傷痕)にも黒い小さなホクロが出現している事に、5月21日に気付いた。これは他と違って、爪に当たるので、少し触っていたらポロッと取れたが、24日にはまた再生し始めたのか、また少し薄く黒いホクロが出来ていた。その事を先生に話してみたら、年をとればホクロも多くなりますからね、と言われ、“とし”のせいなのかと、別の意味でちょっとショック。

 余談はこれ位にして、順調な結果が続いているので、免疫抑制剤(immunosuppressant)を半量の、25mgネオーラル(Neoral)を朝一回に減らして、また4週間様子をみる事となった。他の薬は現状維持である。今回も順調、これで体のだるいのやしんどいのも無くなれば万々歳なのだが、まあ、ゆっくりその時が来るのを待とうと思う。

【血液検査の結果】6/02:
WBC(白血球数) 5.2、HGB(ヘモグロビン) 11.2、PLT(血小板数) 180、
AMY 138(高い)、Fe 167(高い)、UIBC 126(低い)、フェリチン 454.8(高い)

2008-06-01

☆ツムラ芍薬甘草湯エキス顆粒(ツムラ68)について

 『ツムラ芍薬甘草湯エキス顆粒(医療用、顆粒剤)』は急激におこる筋肉のけいれんを伴う疼痛時に服用する漢方薬である。自分はこむら返りに対して処方して貰った。淡灰褐色の顆粒で、甘い匂いと味がし、袋には”ツムラ:68”と番号が打たれている。
※一般的名称は芍薬甘草湯で、本品7.5g中、混合生薬([日局カンゾウ6.0g]:[日局シャクヤク6.0g]の割合で混合)の乾燥エキス2.5gを含有するらしい。

 薬局から貰った注意書き(薬局が作成したもの)等を転記する。
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【薬の作用】
急激に起こる筋肉のけいれんを伴う痛みを和らげる漢方薬です。体質に関わりなく種々の痛みに用います。

【注意事項】
・ 発疹、かゆみ、気持ちが悪い、下痢、低カリウム血症、血圧上昇、むくみ、脱力感、手足のけいれん・感覚が鈍い、うっ血性心不全、不整脈、肝機能検査値異常等が現われる事があります。
・ 他に漢方薬を服用している方は、生薬の重複等注意が必要な為、医師、薬剤師にその事を伝えて下さい。
・ 他に服用中または使用中の薬がある場合は、医師、薬剤師に必ず伝えて下さい。また、他の薬を併用する時も相談して下さい。
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 最後に、ネットで調べた、その他、添付書類に書かれている禁忌等の所を一部転記する。
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【禁忌(次の患者には投与しないこと)】
1. アルドステロン症の患者
2. ミオパシーのある患者
3. 低カリウム血症のある患者
[1~3:これらの疾患及び症状が悪化するおそれがある。]
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以上。 その他、ブログ内の関連ページ:2008/02/01(金) こむら返り2008/05/08(木) 現在処方されている薬と薬価等
【備考】
・販売開始年月:1986年10月。
・製造販売元:株式会社ツムラ。