2007-08-30

2007-08-28 (火) 皆既月蝕

 月曜の通院後に、裏のTBさんを見舞うべく、BT病院へ行く。ここ最近ずっと不在で灯りも点いていなかったので、また入院されたのだろうと推測はしていたが、先週漸く入院先が分かり、お見舞いに行っていた。

 TBさんは去年私の母が亡くなった頃に癌が見つかり、入院、転院して、化学治療を受け、現在は通院していると、私が退院して間もなくの1月頃に会った時に話されていた。TBさんも治療で頭髪が抜けておられ、お互い頑張りましょう、と励まし合っていた。

 ところで、相続で家を売却しなければならない件で、土地の測量等では境界を接している家の人の立ち会いが必要になる。そのお願いの挨拶回りを含め、各種雑務等は、家売却派の遠方の姉2人に代わり、家を存続させたかった(それは可能であった)、残しておきたかった私が家の代表者として、しなければならないという皮肉な状況になっている。うちは都合3軒と接しているのだが、現在は私一人が家に住んでいるのだし、姉達に無駄な時間を割かす必要はさらさら無いので、挨拶回り等に関しては私が引き受ける事にした。時期は丁度真夏になるのだけれども、長い時間はかからないと聞き、それ位の体力なら多分あると思ったからだ。

 話はそれたが、その関連で、最近になり土地測量の為、測量士さんと筆界の挨拶に伺った時のTBさんは、腎臓も悪くされておられるのか、脚が象さんの様にパンパンに腫れておられ、歩き辛いと言われていた姿が痛々しかった。それでも、測量等いつでもどうぞと言われていたので、入院する程お悪いとは思わず、急におられなくなったので、心配していたところだった。

 入院先が分かって、先週小さなクマさんの人形を持ってお見舞いに行くと、なんと、ホスピス(hospice;hospital of peace)に入っておられるとわかり、大変驚いてしまった。ナースにお願いして案内された部屋は、母が亡くなった病室の丁度隣で、送り火の終わった山が間近に見えていた。TBさんは私の見舞いとクマさんの人形をとても喜んでくれ、色んなお話をしたのだが、「お迎えを待っているの」と静かに話してもおられた。母の場合とは違って、痛み止めが良く効いていると聞き、少しホッとし「それはとても良かったですね」という言葉が自然と漏れた。

 しかし、脚の腫れは引かず、とうとう歩く事も出来なくなったという。過酷な抗癌治療を受けたお隣さんのTBさん、母と歳も近いTBさんが、母と同じく癌で遠くない未来に逝ってしまう現実と、母の最後の入院に付いてあげられなかった事、退院後の私自身の体調や病気の事、その他色んな思いがよぎって辛くなり、思わず涙してしまうと、泣いていると病気は良くならないから笑って元気に頑張って、と逆に励まされてしまった。何故に死に行く人はこんなに優しいのだろうか? そして今迄『私は大丈夫、私は大丈夫』と自身に言い聞かせてきたが、深層で思いの他、不安を感じている自分がいるのかもしれないとふと思った。去り際にTBさんの手を握って、「頑張ってとは言いませんが、どうぞ痛み無く過ごされます様にお祈りします」と言って別れた。

 日曜日に少し片づけをしていた時に、十一面観音像の綺麗な大判絵葉書が出てきたので、TBさんに差し上げ様と思い、月曜の診察を終えた後、BT病院へ向かった。すると、なんと今朝8時半にお亡くなりになったと受付で言われ、非常なショックを受けた。先週色々とおしゃべりをしてからまだ1週間も経っていないのに、まさかもうお亡くなりになるとは……

 TBさんはご主人が亡くなられてから一人暮らしだったのだが、帰宅後も、裏の家に人の気配が無い事から、色々と問い合わせたりして、漸く身内だけでひっそりと葬儀場でお通夜等を行なう事がわかり、参列させて貰い、ご遺族のご好意で、最後に十一面観音像の写真を入れさせて頂く事が出来た。お顔からは苦痛は見られず、安らかに眠っておられた。私もいつかその日が来る時に、母やTBさんみたいに静かにお迎えを待つ事が出来るのだろうか。 悲しみと不安で涙を止める事が出来なかった。

 葬儀場を後にすると、夜空にはオレンジ色がかった紅く丸いお月様が出ていた。

 その翌晩、偶然だが皆既月蝕があると知る。雲が邪魔をしてなかなか姿を現さなかったが、お通夜の時の泣きそうなお月様とは違って、神秘的な深紅のお月様を見る事が出来た。もうすぐ母の命日が来る。皆安らかにお眠り下さいと、美しいお月様と夜空を見上げながら心の中で静かに手を合わせて過ごす。そして月蝕が終わった後の月の光がこんなにまぶしいという事も初めて知る。また1つ、この家での切なくも美しい思い出が出来た。

0 件のコメント:

コメントを投稿