2008-07-05

2008/07/ 04 (金) 市川團十郎氏、再入院のニュース

 市川團十郎氏が治療の為、再入院したというニュースが流れた。この方の名前は自分も知っており、2006年に急性白血病(acute leukemia;AL)と分かり入院した折は、色んな人から、俳優の渡辺謙氏の名と共に、この人も白血病(leukemia)を克服して元気に舞台を踏まれているから、という励ましの言葉をよく聞いたものだった。

 ネットで調べると、團十郎氏は、2004年5月に急性前骨髄球性白血病(acute promyelocytic leukemia;APL:M3)で初発入院され、2005年8月に再発(recidivation)で再入院、自身の幹細胞(stem cells)を採取後、再注入する『末梢血幹細胞自家移植』という治療を受け、2006年2月に退院(discharge)されている。二度目の入院時の治療は、抗癌剤(anti-tumor agent)大量投与という、かなり過酷なものだったそうだが、舞台復帰後は、精力的に活動を続けられ、紫綬褒章も受賞されている。ただ、退院後も貧血(anemia)症状が良くならなかったそうである。

 その團十郎氏が、再入院されるというニュースが流れた。再発ではないが、改善しない貧血等の治療も兼ね、妹さんの骨髄移植(bone marrow transplantation;BMT)を受けるという。なんと……。

 貧血治療だけの為に骨髄移植をするとは、知らなかった。というか、今の自分の知識の中には無かったので、最初このニュースを聞いて、本当にそうなのだろうかと思ってしまった。骨髄移植という治療法を選択するとは、きっと相当深刻な貧血なのだろう。こういう書き方をすれば、ファンの方や、同病で闘病されている方々に叱責されるかもしれないが、自分としても、團十郎氏は、無事に白血病を克服された人として、多くの人に希望を与えてくれる人でもあるので、ご本人が再発ではないと言われているのだから、そうである事を願いたい気持ちで一杯である。

 自分の入院中、骨髄移植には、色々とリスク(risk)があり、年齢もその一つと説明を受けた事がある。当然例外は多々あるだろうが、一般に、50歳以上になってくると、体力的にもかなりリスクが高くなってくるので、骨髄移植という治療方法をとるかどうか、慎重になるという(移植成績が高齢になるにつれ落ちてくる)。年齢的にリスクの高くなった人の治療法を訊くと、移植よりは、抗癌剤による化学療法(chemotherapy)とか、確か『末梢血幹細胞移植(peripheral blood stem cell transplantation:PBSCT)』という方法をとったりすると聞いた様に思う。

 自分は何回(計8回を予定されていた)も繰り返される化学療法を無事乗り越えた時点では、まだ非常に体力もあったと思う(治療中盤からは、感染(infection)の危険が少ない時期は、病院の階段を使った階段昇降という自主リハビリ(rehabilitation)で、脚力の衰えを補う訓練もしていたし、先生からも体力維持について褒められる位であった)。そして骨髄移植の大変さも色々先生から説明があり、頭では必死に理解して、とにかく体力勝負だと感じ、無菌室(clean room)でも自主トレを頑張ろうと思ったが、実際は想像以上に過酷で、ひどく厳しいものがあった。移植に移る前に十分体力があった事も、移植後の経過が順調にいった要因のひとつだと自分では思っているが、体力は(自分が予想した以上に)徹底的に奪われた。それでも、多分私の場合は、退院までにリハビリ室に通う必要がなかったので、ダメージは他の(同じく移植を受けた)患者さんよりは、体力が残っていたのだろうと思う。更に余談になるが、退院(discharge)を言われた時の、自分の血液検査の値は、まだ全てが正常ではなく、その状態で退院する事になった。ヘモグロビン(hemoglobin;HGB)を例にとるなら、正常値の下限に何とか達する様になるのには、しばし時間がかかった。ヘモグロビンの値だけ見るのなら貧血状態が続いていた事になる。そして、やっと基準値範囲に入ってきた現在も、貧血を起こす事が、この病気になってからは多い気がする。

 白血病細胞(leukemia cell)が見つからなくなった事を“治癒(recovery)”したとは言わず、“寛解(remission)”という表現をする。入院(hospitalization)した時に紹介された本には、一般にその寛解の目安は、白血病細胞が5%未満になった時(顕微鏡で見て調べるレベルの事)と書いてあった。自分の場合、初発入院後の最初の化学療法コースが終わった時点で、5%未満になっていたので、私は単純に「寛解だー!」喜んでいたが、先生方からはその様な雰囲気が感じられず、2回目の化学療法で、ようやく“一応、寛解”のお言葉を頂いた。その時、何故、前回は寛解と明言して貰えなかったかを訊いてみると、現在では分子レベルで白血病細胞を検出する検査が出来、当病院では、顕微鏡レベル(5%未満)の寛解ではなく、もっと厳しい分子レベルの検査でも検出出来ないレベル(0.01%未満)を目指している(それでも検出されなくなった時に寛解と評価している)と教えて貰ったのを覚えている。分子レベルの検査とは、即ち、顕微鏡で発見出来るレベルよりも更に100倍以上精密なレベルだそうだ。化学療法2回目終了時点で、確か私は0.01%白血病細胞が検出されていたので、“一応”という言葉が付いたのだと、今では理解出来る。

 しかし、そんなこんなを思い出すと、どうしても、61歳になられた團十郎氏が移植を受けるという話を聞くと、非常に大変な事だと心配してしまうのである。

 團十郎氏が、再発したのではないと信じたいが、ある意味、寛解は5%未満なら寛解状態と言えるので、応援している人に心配かけない様に、『再発』とは言わなかったのではないだろうかと、勝手に深く考えてしまうのである(或いは、もし再発の兆しが万が一でもあったとしても、團十郎氏の行かれている病院の寛解の基準は5%未満と設定されているのかもしれない)。更に團十郎氏は「こんなに元気な顔をしているでしょう? 再発で入院するのではないですよ」という様な事を言われているのをTVで見た。とても還暦を過ぎたとは思えない位の凛々しさである。この様子を見ると大変心強い印象を受ける。團十郎氏がどの様な移植を受けるかは知らないが、最近では『ミニ移植』というものも存在し、こちらは勉強不足でよく知らないが、フルでの骨髄移植より体にかかる負担が軽いらしい。いずれにせよ、移植自体は大変な治療なので、無事移植を乗り越え、また舞台へ戻って来られる日が一日でも早く訪れる事を、彼を応援する全国の多くの人と共に祈りたいと思う。そして、通常ならば骨髄提供者としての適応年齢を超えておられる、妹さん、肉親だからこそ提供に踏みきられたのだろう。提供する側(ドナー:donor)の体にかかる負担も大変なものがあると思うので、妹さんのご健康もお祈りしたいと思う。

※関連記事:『2008/10/19 (日) 団十郎氏 退院のニュース

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